元連邦検事で保守系論客のビル・オーティス氏が、SPLC(南部貧困法律センター)に対する起訴を巡る正義の基準について、自身の見解を示した。
オーティス氏は、民主主義システムにおける起訴の正当性は、それが「一般的か否か」ではなく、個別の事実を公平に評価した上で、合理的な陪審員が「合理的疑いを超える有罪」と判断できるか否かにあると主張する。
「一般的か否か」という基準の問題点
オーティス氏は、起訴が「一般的か否か」という基準を採用することで、多くの問題が解決されないまま残ると指摘する。例えば、どの程度「一般的」であれば政治的意図のない正当な起訴といえるのか。その判断は、キャリア検察官(あるいは官僚)か、より政治的責任を負う上司が行うのか。この基準は、システム全体の問題を解決するどころか、新たな不透明さを招く可能性がある。
刑事司法システムの本来の目的
さらにオーティス氏は、刑事司法システムの目的を見失う危険性を指摘する。同システムは、加害者を責任追及し、被害者に正義を与えるために存在する。一部のリベラルやリバタリアンのように、「システムそのもの」を常に批判の対象とすべきではないと主張する。
同氏によれば、システムのバランスや公正さは、立法府が適切に監督すべき問題であり、個別の起訴において「システム全体」が審判されるべきではないという。例えば、SPLCの寄付金募集が詐欺的であったか否かは、事実認定の問題であり、起訴の正当性とは直接関係しない。
検察裁量権の行使とその限界
オーティス氏は、SPLCの起訴が検察裁量権の濫用に該当するか否かの議論を提起するが、自身の経験から、これは裁量権の範囲内に収まるとの見解を示す。同氏は、民主党・共和党両政権下で連邦検事を務めた経験から、検察の判断は政治的意図によるものではなく、法の適用に基づくものだと強調する。
同氏は、自身の保守的な立場と比較して、オーティス氏と共著者ポール・ミレンゴフ氏の分析を高く評価しており、その視点が「堅実で原理主義的ではない保守主義」の代表例であると述べている。