米国カリフォルニア州オークランドにある医療大手カイザーパーマネンテで心理療法士を務めるポール・ボイヤー氏は、AI医療革命の最前線に立っている。しかし、その実感は「期待外れ」だという。
同社は医療AIの先駆者であるアブリッジ社製のAIメモ取りソフトウェアを導入したが、患者との面談内容を超高速で要約する機能は、多くの医師にとって「業務負担の軽減」というメリットをもたらした。その一方で、ボイヤー氏ら現場の医師にとっては新たな課題も浮上している。AIが生成したメモは「必ずしも有用ではない」というのだ。
アブリッジ社のソフトウェアは「臨床的ニュアンスや、メンタルヘルス分野で重要な感情的なトーンを正確に捉えることが苦手」だとボイヤー氏は指摘する。例えば、躁状態の患者の場合、話の内容よりも「話し方」が重要だが、AIはそのような微妙なニュアンスを拾いきれないという。
AIメモ取りソフトウェアはもはや「未来の波」ではなく、現在進行形で導入が進んでいる。全米の病院で次々と採用されており、その効果も徐々に明らかになりつつある。米医師会雑誌に4月に発表された研究によると、導入から1年後の調査では、最も頻繁に使用した医師が1日あたり30分以上の業務時間を節約できていたという。また、複数のインタビュー調査では、導入先の医師からは全体的に肯定的な反応が得られている。
しかし、ボイヤー氏の事例が示すように、システムの品質に関する根強い疑問も残る。医師がメモの修正に時間を費やす一方で、安全性の専門家は「医師がエラーを見落とす可能性」を懸念している。将来的に医師が誤った情報に依存するリスクがあるというわけだ。
アブリッジ社は、ソフトウェアの品質管理に取り組んでいると主張する。同社の応用科学部長、デイビス・リャン氏は「モデルの導入後には、医師による編集履歴や評価、自由記述のフィードバックを監視し、品質を評価しています」とコメントしている。
AI医療ツールの規制強化が急務
AIメモ取りソフトウェアは、医療分野に次々と導入されるAIツールの一例に過ぎない。しかし、医師や患者安全の専門家らは、政府の規制がこの新技術のリスクに対応しきれていないと警鐘を鳴らす。
メッドスター・ヘルス(メリーランド州コロンビア拠点の大規模病院システム)の人と技術の相互作用を専門とする研究者、ラジ・ラトワニ氏は「現在、連邦レベルでAIメモ取りソフトウェアを審査する仕組みは存在しない」と語る。さらに、同氏は規制がさらに緩和される可能性を懸念している。
米国保健社会福祉省の医療ITを管轄する部門(ONC)が提案した新たな規則では、医療記録の「理解しやすさ」「使いやすさ」「AI使用の透明性」といった要件が弱められる可能性があるとラトワニ氏は指摘する。理解しにくい医療記録は医師の混乱を招き、エラーにつながる恐れがあるという。
かつてオバマ政権下で同部門は「ユーザー中心の設計」を推進したが、現在の規制見直しではその方向性が後退しかねない状況だ。
専門家が指摘する具体的なリスク
- 臨床的ニュアンスの欠如:AIは患者の感情や微妙な表現を正確に捉えられない場合がある。
- エラーの見落とし:医師がAI生成のメモの誤りを十分に見直さないリスク。
- 規制の不備:連邦レベルでAI医療ツールを審査する仕組みが整っていない。
- 医療記録の品質低下:規制緩和により、医師が患者の状態を正確に把握できなくなる可能性。
「AI医療ツールの品質管理は急務です。規制が緩和されれば、患者の安全が脅かされるリスクが高まります」
— ラジ・ラトワニ氏(メッドスター・ヘルス)
AI医療ツールの導入は今後も加速すると見られるが、その安全性と有効性を確保するための議論はますます重要性を増している。