近代心臓病学の父として世界的に知られたユージン・ブラウンワルド博士(Eugene Braunwald)が、2024年4月22日にカリフォルニア州の自宅で死去した。享年96歳であった。
博士の訃報に接し、筆者はこれまでに交わした数々の対話を振り返った。中でも、博士が自身のキャリアに対して抱いていた二つの大きな夢についての言葉が強く印象に残っている。
博士の第一の夢は、科学者たちと協力し、理論を実践的な医療技術に転換することであった。具体的には、心筋梗塞の予防方法の確立と、発症後の心筋ダメージを最小限に抑える治療法の開発であった。博士はこの夢を現実のものとし、同時代の心臓病学者の中で最も重要な存在へと成長。医療の日常的な診療を根本から変える革新的な功績を残した。
博士は1929年オーストリア・ウィーン生まれ。ナチスの迫害を逃れて米国に移住し、ハーバード大学医学部で学んだ。その後、ミネソタ大学やカリフォルニア大学サンディエゴ校などで研究と教育に従事し、数多くの医師や研究者を指導した。
特に、心筋梗塞後の治療法に関する研究は、当時の医療水準を一変させた。1960年代には、心筋梗塞の重症度を評価するBraunwald分類を考案。また、トロポニン検査の開発にも貢献し、心筋障害の早期発見を可能にした。これらの功績により、博士は「心臓病学の父」と称されるに至った。
博士の第二の夢は、次世代の医師や研究者を育成し、心臓病学の発展に寄与することであった。博士は生涯にわたり、多くの後進を指導。その門下からは、ノーベル賞受賞者を含む優れた医学者が輩出された。博士自身も、米国科学アカデミー会員や米国医師会会長など、数々の栄誉ある役職を務めた。
博士の死は、心臓病学界にとって大きな損失である。しかし、博士が遺した研究成果と教育理念は、今後も多くの命を救い続けるだろう。博士の偉業を偲び、改めてその功績に敬意を表したい。