レッドフォードへの追悼と独立系映画の未来への警鐘

2026年TCMクラシック映画祭のオープニングナイトに出席したジェーン・フォンダは、故ロバート・レッドフォードとの共演作を振り返りながら、パラマウントとワーナー・ブラザースの合併案に対する強い反対意見を表明した。

レッドフォードは1980年代初頭、ハリウッドの商業主義的な風潮に反発し、独立系映画を支援するサンダンス映画祭とサンダンス・インスティテュートを設立した。フォンダは当時を振り返り、88歳の現在も「レッドフォードは商業主義に染まるハリウッドのあり方に不満を抱いていた」と語った。

「当時、西部劇は売れないから作るなと言われた時代だった。彼は 深みと多様性のある独立系映画を作りたかったのです」とフォンダは述べた。

「レッドフォードの遺志を守るために戦う」

トークショーの終盤、フォンダは合併の危機について「もしこの合併が実現すれば、レッドフォードが目指した 多様性、複雑さ、深みが失われてしまう」と警告し、会場から拍手が巻き起こった。

「私たちは戦わなければなりません。レッドフォードの精神を受け継いで戦いましょう」と呼びかけた。

レッドフォードとの思い出、そして彼の個性

フォンダとレッドフォードは4本の映画で共演したが、その中でも1967年のコメディ『裸足で公園に』は2人目の共演作となった。フォンダは当時を振り返り、「彼に恋をしていたので、とてもつらかった」と率直に告白した。

2人は既婚者同士だったが、フォンダはレッドフォードに「不倫経験は?」と尋ねたという。レッドフォードの返答はユニークだった。「もし浮気をするなら、ホステスのような人にするだろうね」と答えたという。

当時まだ無名だったレッドフォードについて、フォンダは「パラマウントのスタジオで一緒に歩いていると、秘書たちは皆ドアを開けて彼を見つめていました。彼が大スターになると確信したのを覚えています」と語った。

フォンダはこの他にも、レッドフォードがロサンゼルスのフォックス・ウエストウッド・ビレッジ劇場の塔によく登っていたこと、セットに2〜3時間遅刻することが多かったこと、1979年の『エレクトリック・ホースマン』の撮影中にラスベガスで女性たちが彼のもとに駆け寄り気を失う様子を見たことなど、エピソードを披露した。

「レッドフォードはハリウッドの商業主義に反対し、独立系映画の多様性と芸術性を重視していた。その遺志を私たちは守らなければならない」
— ジェーン・フォンダ

レッドフォードの遺産とハリウッドの未来

フォンダの発言は、レッドフォードが設立したサンダンス映画祭の理念と、現在のハリウッドの商業主義的な風潮との対立を浮き彫りにした。合併が実現すれば、独立系映画の制作環境がさらに厳しくなる可能性が指摘されている。

フォンダは「私たちはレッドフォードの精神を受け継ぎ、多様性と芸術性を守るために戦う」と強調した。

出典: The Wrap