伝記映画の新たな定型:理想化される天才ミュージシャン

現代のミュージカル伝記映画は、実在の人物の真実の物語ではなく、むしろ聖人伝のような理想化された物語として描かれることが多い。例えば「ボヘミアン・ラプソディ」「エルビス」「ウォーク・ザ・ライン」などは、観客が愛する曲を歌いながら楽しむためのエンターテイメント作品であり、その人物の複雑な実像には触れない。そうした中で、新作「マイケル」もまた、マイケル・ジャクソンの生涯を理想化し、彼を「宇宙的な善の象徴」として描くことに徹している。

マイケル・ジャクソンの「理想化された」生涯

映画はマイケルの幼少期から始まり、支配的な父ジョセフ(コルマン・ドミンゴ)の下で過ごした厳しい環境を描く。幼いマイケル(ジュリアーノ・バルディ)は、兄弟と共にステージでパフォーマンスを披露するが、完璧を求める父から常に厳しい叱責を受ける。母キャサリン(ニア・ロング)は、家族のバランスを取ろうとするが、ジョセフの支配は強まるばかりだ。マイケルは成長し、実生活のマイケル・ジャクソンの甥にあたるジャファー・ジャクソンが演じる。

成人したマイケルは、幼少期の純粋な頃を懐かしみ、動物園のようなコレクションやディズニーのグッズを集め、母との夜更けのアイスクリームを楽しむ。その一方で、彼は自分の音楽で世界を変えたいという強い思いを抱いている。しかし、父の支配から逃れられないマイケルの葛藤が描かれる。

「マイケル」が避けた現実:性的虐待疑惑と奇行

映画の最大の特徴は、マイケル・ジャクソンの晩年について触れていない点だ。性的虐待疑惑や奇行といった現実の問題は完全に排除され、マイケルは「誰からも愛される天才」として描かれる。父ジョセフだけが「悪役」として位置づけられ、マイケルの周囲の人々は皆、彼を称賛する存在として描かれる。

例えば、マイケルが「自分の音楽で世界を変えたい」と語った直後に、ストリートギャングの暴力を報じるニュース映像が流れる。しかし、その直後、マイケルは実際のギャングメンバーを集めて「ビート・イット」のリハーサルを行うシーンが描かれる。映画では、ギャングメンバーたちはマイケルの前で敵対し合うどころか、むしろ彼のパフォーマンスに感動し、敬意を表する様子が描かれる。これはマイケルの「偉大さ」を強調するための演出であり、現実の複雑さは完全に無視されている。

ミュージカル伝記映画の限界:ファンのための神話作り

監督のアントワーヌ・フーカと脚本家のジョン・ローガンは、ミュージカル伝記映画の定型に忠実に従い、マイケルの生涯を理想化した物語を作り上げた。その結果、マイケル・ジャクソンは「完璧な天才」として描かれ、彼の人間的な側面や社会的な問題は完全に排除される。これは、観客がマイケルの音楽を愛し、彼のファンであることを前提とした作品であり、彼の真実の姿を知りたいと望む観客には物足りない内容となっている。

ミュージカル伝記映画は、観客が楽しむためのエンターテイメントであり、必ずしも歴史的な正確さを追求するわけではない。しかし、「マイケル」はその枠を超えて、マイケル・ジャクソンを「聖人」のように描くことで、彼の人間性や現実の問題を完全に無視している。これは、ファンにとっては心地よい物語かもしれないが、真実を求める観客にとっては物足りない作品と言わざるを得ない。

マイケル・ジャクソンの真実とは

マイケル・ジャクソンは、音楽界に多大な影響を与えた天才であった一方で、その生涯は複雑で、多くの議論を呼ぶものであった。性的虐待疑惑や奇行、家族との確執など、彼の生涯には多くの影の部分があった。しかし、映画「マイケル」はそうした現実を一切描かず、彼を「宇宙的な善の象徴」として称賛することに徹している。これは、ミュージカル伝記映画の新たな定型となりつつあるのかもしれないが、真実を求める観客にとっては、残念な結果と言わざるを得ない。