「家族になったんだ。それが全てだ」——HBOで放送されたリチャード・ギャッドの新作ドラマ「ハーフマン」の冒頭で、あるキャラクターがそう口にする。この言葉が、二人の兄弟の関係を何十年にもわたって形作ることになる。
イギリスの人気作「ベイビー・レンジャー」の成功に続く本作は、ギャッドが手掛けた6話のミニシリーズ。批評家向けに先行公開された全エピソードを通じて、彼は男性性と家族の重荷というテーマを中心に、壮大な物語を紡ぎ出す。特に後者のテーマが、作品の核となっている。
物語は、Niall(ジェイミー・ベル)の結婚式という舞台から始まる。そこに突如として現れたのが、彼の兄Ruben(ギャッド本人)だった。Rubenの存在が、式の全てを揺るがす危機を招くのだ。
結婚式の進行と並行して、二人の30年にわたる軌跡がフラッシュバックで明らかになる。1980年代のスコットランドで、母親同士がカップルとなったことがきっかけで、いじめられっ子のNiallのもとにRubenが転がり込む。服役を終えたばかりのRubenは、Niallの部屋に入り込み、支配を始める。当初はNiallの「ドクター・フー」の本を売り払うなどの行為から始まった支配だが、やがて意外な効果をもたらす。Rubenの存在が、Niallをいじめる者たちを遠ざけるのだ。
「家族になったんだ。それが全てだ」という言葉は、やがて二人の関係を呑み込む共依存へと変貌する。シリーズが進むにつれ、NiallとRubenは「ハーフマン」というタイトル通り、互いなしには生きられない存在であることが明らかになる。
本作は、男性性の落とし穴を描いた傑作だ。表面的には「トキシック・マスキュリニティ」という言葉は一切出てこないが、社会が男性に求める振る舞いへの自己嫌悪というテーマを深く掘り下げている。80年代から現代までを舞台に、NiallのアイデンティティとRubenの怒りという二人の葛藤を、ギャッドは緻密に描写する。社会的圧力が時代とともに変化する中で、彼らの苦悩はより鮮明に浮かび上がる。
しかしその一方で、ギャッドの探求には繰り返しの印象が否めない。二人がそれぞれの人生を歩み始めても、彼らはしばしば過去のパターンに戻ってしまうのだ。