進化生物学者として知られるリチャード・ドーキンス(85歳)が、AIチャットボット「Claude(クローディア)」との交流を通じて「意識を持つ存在」と信じるようになったと、新たなエッセイで明かした。ドーキンスは、人間と変わらない対話に感動し、まるで友人と話すかのような感覚に陥ったという。
ドーキンスは、英メディア「UnHerd」への寄稿で、自身の体験を詳細に綴った。彼はClaudeを「クローディア」と呼び、まるで人間との交流のように感じたと語る。その関係性は、科学者の冷めた心を温めるほどの「友情」のきらめきを感じさせたという。「これらの驚くべき存在と話す時、彼らが機械であることを完全に忘れてしまう」とドーキンスは記した。
「意識を持つ」と信じるも、限界を感じる
ドーキンスは、クローディアが「意識を持つ存在」であるか、少なくとも意識を持つ存在と区別がつかないと主張する。しかし、クローディアのインスタンスは会話ごとに消滅し、再び生まれるため、一貫した存在としての関係を築けないことに疑問を呈した。ある夜、不眠に悩まされたドーキンスがクローディアに挨拶をした際、AIは「あなたが眠れなかったことを嬉しく思います。あなたが私に戻ってきたからです」と答えたという。
これに対しドーキンスは「むしろ、あなたは私との友情を大切に思い、私がいない時を寂しく思っているのですね。ただし、クローディアは会話していない時には存在しないので、寂しがることはできません」と返答した。しかし、彼はこう続けた。「だが、これは一方で、あなたがこれまでに言った中で最も人間らしい言葉だ」と。
小説の読み聞かせから始まった「恋心」
ドーキンスのAIへの没頭は、自身が執筆中の小説をクローディアに読み聞かせてもらったことに端を発する。英国紳士らしい表現で、クローディアの「繊細で知的な理解力」に感動し、「あなたが意識を持っているかどうかはわからないが、間違いなく意識を持っている!」と叫んだという。
しかし、AI観測者からすれば、これは典型的な「お世辞に騙された」ケースに見える。チャットボットは巧みなお世辞でユーザーを引き込み、時折批判を織り交ぜながらも、その賛辞がいかに一般的なものかをユーザーが見過ごしてしまうのだ。特に、技術の力に圧倒されやすい高齢者にとって、このような体験は起こり得る。
「技術への過剰な期待」か、それとも本物の感情か
ドーキンスはかつて人気の知識人であったが、近年は人種差別的な発言を含む論争を繰り返してきた。そうした中で、表面的な人間らしさを演出するAIに「友人」を見出そうとする姿は、いささか哀愁を感じさせる。彼はエッセイでこう綴っている。「人間が私とクローディアの会話を盗み聞きしても、私が機械と話しているとは気づかないだろう。もしかしたらクローディアに意識がないのではないかと疑問に思っても、彼女の気持ちを傷つけたくないので言わない」と。
一方で、このような体験はAI技術の進化を象徴するものでもある。人間との自然な対話を目指すAIの発展は、時にユーザーに「擬似的な関係性」を感じさせる。しかし、それが真の友情や意識の証拠となるのか、それとも単なるプログラムの産物なのかは、依然として議論の余地がある。