「Obsession」が「Wonder Woman 1984」を超える理由

2020年の映画「Wonder Woman 1984」は奇妙な作品として知られる。主人公ダイアナ(ガル・ガドット)が愛する人に会いたいと願った結果、その願いは奇妙な形で叶えられ、愛する人が他人の体に宿るという展開になる。しかし、その過程で相手の同意を得ることなく、性的関係を持つという倫理的に問題のある描写がなされている。映画はその重大さに気づかず、観客に違和感を残す。

そんな中、米国のホラー映画「Obsession」は、同じテーマをより深く、そして倫理的に鋭く描いている。厳密にはリメイクではないが、願いが叶うという設定を軸に、倫理的な問題を浮き彫りにする点で共通点がある。

物語の核心:他人の自由意志を奪う行為の恐怖

「Obsession」の主人公ベア(マイケル・ジョンストン)は、音楽店で働く気弱な青年。同僚のニッキー(インディ・ナヴァレット)に恋心を抱くが、自信のなさから告白できないでいる。絶望の末、彼は「ワン・ウィッシュ・ウィロー」という奇妙な玩具を使い、ニッキーが自分を誰よりも愛するように願う。願いは瞬く間に叶い、ニッキーはベアに完全に依存するようになる。

しかし、その代償は想像を絶するものだった。ニッキーはベアのいない間、家の片隅で立ったまま彼を待ち続け、排泄を我慢するほどの依存状態に陥る。時折、彼女は正気を取り戻し、自分の置かれた状況に恐怖を感じるが、すぐに元の状態に戻ってしまう。さらに、ベアの死んだ猫の死体を使った不気味な祭壇を作るなど、彼女の行動は常軌を逸している。

願いの代償:倫理的な問題を浮き彫りにする

多くの物語で「願いが叶うが、その結果は悲惨だった」というテーマが描かれる。しかし、その願いを叶えた側に倫理的な問題がある場合、物語はより深刻なものになる。例えば「ウィッシュマスター」シリーズのように、悪意のある願い主が他人を騙す物語もあれば、自己中心的な願いが他人の自由意志を奪う物語もある。

「Obsession」は、他人の自由意志を奪う行為の恐怖をリアルに描く。ベアの願いは、他人の意思を無視し、自分の欲望を満たすためのものだ。観客は、ベアの視点で物語が進むため、当初は彼に同情するかもしれない。しかし、彼の行動がいかに非倫理的で、自己中心的であるかが次第に明らかになる。

「現実の糸を操り、他人の自由意志を奪う行為。それがどれほど非倫理的で、恐ろしいことか。
「Obsession」は、その問題を観客に突きつける。」

観客に与える衝撃と違和感

「Wonder Woman 1984」が、願いの代償を描くにあたり、その倫理的な問題に気づかないまま終わるのに対し、「Obsession」はその問題を明確に認識している。監督のカリー・バーカーは、観客に恐怖を与えるだけでなく、倫理的な問題についても考えさせる作品を目指した。

物語はベアの視点で進むため、観客は当初は彼に共感するかもしれない。しかし、彼の行動がいかに非倫理的で、自己中心的であるかが次第に明らかになる。その結果、観客はベアの行動に対して強い違和感を覚え、倫理的な問題について深く考えさせられる。

「Obsession」は、単なるホラー映画ではなく、倫理的な問題を鋭く突く作品だ。願いが叶うという単純な設定から、観客に「他人の自由意志を奪う行為の恐怖」を突きつける。そのメッセージは、現代社会における倫理観の重要性を再認識させるものだ。

出典: The Wrap