米国イリノイ州カイロ。かつて栄えた河港の町は、産業の衰退と住宅不足に悩まされ、人口2,000人弱のほとんどがアフリカ系アメリカ人という厳しい現実に直面していた。そんな町に2024年8月、3Dプリンターを使った住宅建設プロジェクトが始まった。州と市当局が主導したこの計画は、地元の不動産会社「Prestige Project Management Inc.」と30棟のデュプレックス(二世帯住宅)を建設する契約を交わした。しかし、わずか数カ月で計画は頓挫。完成した住宅は放置され、59万ドルの預金は放棄された。その裏には、FBIの捜査も絡む複雑な事情があった。
プロジェクトの始まりは華々しかった。2024年8月の起工式には100人以上が集まり、子供たちは綿菓子やポップコーンを手に歓声を上げた。巨大な3Dプリンターが稼働し、米国旗が飾られた鉄骨の足元で、30年ぶりに新しい住宅が建設され始めたのだ。地元住民のカニシャ・モーリーさんは、幼い娘と共に暮らす公営住宅の狭い一室から、このプロジェクトに大きな期待を寄せていた。彼女は「娘に自分の部屋を与えたい」と願い、起工式に参加していた。しかし、式典の最中、モーリーさんは熱中症で倒れ、救急搬送された。それでも彼女は「未来が形になっていくのを見届けたかった」と、数時間も立ち尽くしていたという。
プロジェクトは順調に進み、1カ月足らずで壁が完成。内装工事も始まった。しかし、突如作業は中断された。オーナー側は「壁に多数のひび割れが見つかったため、構造の安全性を確認する必要がある」と主張した。その後、3Dプリンターは忽然と姿を消した。完成したデュプレックスは、放置されたまま1年以上が経過。日差しにさらされた道路沿いの空き地に、ぽつんと取り残されている。
このプロジェクトの裏には、さらに複雑な経緯があった。Prestige社のオーナーは、カイロのプロジェクトに先立ち、別の3Dプリンターの購入に際して約59万ドルの預金を放棄していた。彼らは最終的に違うプリンターを購入したが、その過程でトラブルが発生していたのだ。さらに、FBIがこのプロジェクトに関連する詐欺の疑いで捜査を開始していたことも明らかになった。地元の銀行から融資を受けたオーナーたちは、このプロジェクトが南イリノイの住宅不足を解決すると約束していたが、その実態は全く異なっていた。
カイロの市長トーマス・シンプソン氏は当時、「これは始まりに過ぎない」と発言していたが、現実は厳しいものだった。州上院議員のデール・ファウラー氏も「画期的なプロジェクト」と称賛していたが、そのプロジェクトは今、失敗の象徴として取り残されている。ファウラー氏の非営利団体は、低所得世帯を支援するために4万ドルの寄付を集めていたが、その資金も無駄になった可能性がある。
この一件は、革新的な技術が必ずしも成功につながるわけではないことを示す事例となった。地元住民の期待と失望、そして巨額の損失。カイロの3Dプリンター住宅プロジェクトは、単なる失敗にとどまらず、詐欺の疑惑まで浮上する複雑な案件へと発展している。