AIがハリウッドにもたらす「見えない変化」

ハリウッドにおけるAI活用というと、深層フェイクやAIが生成した俳優、AI脚本・映像が連想されることが多い。GoogleのVeo3やPika Labs、Kling AIなどのツールが話題を集め、OpenAIのSora 2も2024年3月にサービス終了を発表するまで注目を浴びた。しかし、フリーランスの映像制作者にとってのAIの影響は、意外なところで静かに進行している。

監督・撮影監督の「裏方業務」を支援するAI

監督や撮影監督はこれまで、アーティスト、技術者、プロジェクトマネージャー、交渉役といった多くの役割を兼務してきた。AIはこのうち、特に煩雑な業務の一部を担う存在として注目を集めている。

アメリカ撮影監督協会(ASC)元会長で現在同協会AI委員会共同議長を務めるマイケル・ゴイ氏は、数年前に業界で広がったAI脅威論を振り返る。「当時はAIが仕事を完全に奪うのではないかという不安が広がっていた」と語る。しかし、ゴイ氏によれば、その懸念は過剰だったという。

同氏は昨年開催されたASCのセミナーで、AI映像の普及における最大の障壁の一つである「一貫性」について解説した。6度のアカデミー賞ノミネート経験を持つ撮影監督ケイレブ・デシャネル氏とAI開発者エレノア・アルギロプロス氏と共に行われたデモンストレーションでは、特定のショットをAIツールで生成する試みが行われた。その結果についてゴイ氏は「ケイレブ氏の明確なビジョンに対し、AIがそれに近づくまでに多大な労力を要した」と振り返る。

短編コンテンツ向けに進化するAI映像生成

現在のAI映像生成ツールは、依然として短編コンテンツ向けに特化しており、4K品質で生成できる映像は2分程度が限界となっている。しかし、この制限は、垂直シリーズと呼ばれる短尺コンテンツの制作現場ではむしろ追い風となっている。ゴイ氏自身も垂直シリーズの制作に携わっており、新しい映像生成モデルをいち早くテストする立場にある。

AI映像の可能性を象徴する事例として、TikTokアカウント「@ai.cinema021」が制作したAI生成の「フルーツラブアイランド」というミクロドラマが挙げられる。同作品は公開からわずか9日間で300万フォロワーを獲得し、総再生回数は3億回を超えるという驚異的な成長を見せたが、3月下旬に品質の低さを理由にアカウントが停止された。各エピソード2分間の制作に約3時間を要し、テキストからスクリプトを生成する「Object Talk」などのツールが使用されたとされる。

ストーリーボード作成の効率化で現場を支援

フルAI生成の長編映画はまだ実現していないが、監督や撮影監督は既にMidjourneyやRunwayといったツールを活用してストーリーボードやビジュアルリファレンスを作成している。

ベルグドルフ・グッドマンやノードストロームの広告キャンペーンを手掛けるフリーランス撮影監督のロブ・ベリー氏は、AI生成ストーリーボードとの初めての出会いについて「クライアントが短時間でストーリーボードを作成し、撮影前日に変更を加えて私に手渡してくれた。未来が来たと思った瞬間だった」と振り返る。

ディオールやジムビームのキャンペーンを手掛ける監督のセージ・ベネット氏も同様の変化を実感している。「予算は減少し、期待値は高まる中、AIはストーリーボード作成のスピードと柔軟性を向上させている」と語る。

AI導入のハードルと今後の展望

AI映像生成の最大の課題は「一貫性」と「コントロール」にある。ゴイ氏は「AIは特定のビジョンを完全に再現するまでには至っていない」と述べ、今後は映像制作の現場でAIが補助的な役割を担うことが予想される。

一方で、AIがもたらす業務効率化は確実に進行中だ。ストーリーボード作成の迅速化やリファレンスの共有が容易になることで、監督や撮影監督はクリエイティブな作業により多くの時間を割けるようになる。AIはハリウッドの表舞台を変えるのではなく、裏方の業務を静かに進化させているのだ。