自動車業界では、デザイナーの手によるスケッチやコンセプト、洗練されたイメージ画像が数多く発表される一方で、実際に市場に投入される量産車の形状は、空力性能によって最も大きく左右される。車両が空気をいかに滑らかに切り裂けるかは、燃費効率に直結するだけでなく、電気自動車(EV)の時代においてはバッテリー重量の増加を相殺し、航続距離の向上にも寄与する重要な要素だ。

しかし、従来の空力解析は極めて時間のかかるプロセスだった。ゼネラルモーターズ(GM)のデザインイノベーション・テクノロジー運営部長であるブライアン・スタイルズ氏はこう語る。「デザイン案を提出しても、空力解析の完全な結果が得られるまでに数日から数週間かかる。その間にデザインは変更され、その結果が現在のデザインにどう反映されるのかを再度検討しなければならない」。

この遅延が解消されようとしている。現在、主要な自動車メーカー各社は、人工知能(AI)を活用して空力解析のプロセスを劇的に加速させている。風洞実験の時代から、計算流体力学(CFD)を用いたモデリングの時代を経て、AIは自動車デザインのボトルネックを根本から変えつつある。GMとジャガーランドローバーは、この新たなAIツールを導入した先駆的な企業の一つだ。

GMの「バーチャル風洞」:AIがもたらすリアルタイム解析

GMは、これまでの空力モデリングデータを基に訓練されたAIモデルを活用した「バーチャル風洞」を開発した。このシステムは、新しいデザイン案に対して過去の解析データを適用し、物理的な風洞実験と同等の結果を数分で導き出す。得られたデータは、デザイナーが使用するデジタル彫刻ツールに直接フィードバックされ、車両の形状に反映される仕組みだ。

GMのバーチャルインテグレーション技術部長であるレネ・シュトラウス氏はこう説明する。「この技術は、次世代の製品にすでに活用されています。これは未来の話ではなく、現在進行形で実現している技術なのです」。

ジャガーランドローバーもAIで空力解析を高速化

GMと同様に、ジャガーランドローバーもAIを活用した空力解析を導入している。同社は、1日に数百から数千もの空力性能評価を実施できるシステムを構築。空力学の原理は確立されているものの、各自動車メーカーは独自のAIモデルを開発し、既存車両のデータを基にドラッグ(空気抵抗)や空気圧の予測精度を向上させている。例えば、箱型のランドローバーSUVや、ジェット機のようなシルエットを持つシボレー・コルベットなど、異なる車種に対しても高精度な解析が可能だ。

GMの研究開発部門に所属するテクニカルフェロー兼ラボグループマネージャー、スコット・パリッシュ氏は次のように述べる。「AIモデルの精度は、学習データの質に依存します。私たちはさまざまな車両の形状を変化させ、より多くのデータを収集しています。例えば、デザイナーが車両の表面を上下左右に動かした場合でも、学習データがその変化を理解し、正確な予測を可能にします」。

ジャガーランドローバーは、この取り組みを支援するために外部企業と提携している。スイスのスタートアップ企業であるNeural Concept社は、同社のAI技術を活用して、ランドローバーの空力解析を支援している。Neural Concept社の共同創業者兼CEO、ピエール・バウマン氏は、「自動車業界におけるAIの活用は、デザインと工学の融合を加速させ、革新的な車両開発を可能にします」と語っている。

AI導入のメリット:時間とコストの削減、精度の向上

  • 開発期間の短縮:従来の風洞実験やCFD解析に比べ、AIを活用した解析は数分で完了。デザインの迅速な反復が可能に。
  • コスト削減:風洞実験施設の維持費や人件費を大幅に削減し、リソースを他の分野に振り向けられる。
  • 精度の向上:膨大な過去データを基にしたAIモデルは、従来の手法よりも高い精度で空力性能を予測。
  • デザインの自由度向上:空力性能の制約が緩和され、デザイナーはより斬新な形状を追求しやすくなる。

今後の展望:AIが変える自動車業界の未来

AI技術の進化は、自動車デザインのあり方を根本から変えつつある。風洞実験やCFD解析に依存していた時代から、AIを活用したリアルタイムの空力解析が主流となりつつある中、メーカー各社はさらなる技術革新を進めている。

例えば、GMはAIを活用したバーチャル風洞の精度向上に取り組んでおり、より複雑な形状や新しい材料への対応を目指している。一方、ジャガーランドローバーは、AIによる空力解析を車両の安全性や快適性の向上にも応用する計画だ。

「AIは単なるツールではなく、デザインと工学の融合を実現する鍵となる存在です。今後、自動車業界はますますAIとの協働を深め、これまでにない革新的な車両を開発していくでしょう」と、パリッシュ氏は語る。

空力性能のボトルネックが解消されることで、自動車メーカーはより自由な発想でデザインに取り組むことが可能になり、消費者にとっても魅力的な車両が次々と誕生することが期待される。