2026年カンヌ映画祭開幕作、奇妙ながらも魅力的な新作
ピエール・サルヴァドリー監督の新作「エレクトリック・キス」は、2026年カンヌ映画祭の開幕上映作として注目を集めた。しかし、その評価は賛否両論。華やかな開幕セレモニーで名誉パルム・ドールを授与されたピーター・ジャクソン監督の存在が、映画自体の注目度を薄めてしまった感は否めない。
それでも、この作品は「奇妙ながらも魅力的」と評される。メロドラマ、ロマンティック・コメディ、悲劇が混在する不安定な構造ながら、観客を引き込む力を持つ。近年のカンヌ映画祭では、開幕上映作が必ずしも注目作とはならない傾向が続いているが、「エレクトリック・キス」もその流れに沿った作品と言えるだろう。
1928年のパリ、廃れたサーカスの舞台
物語の舞台は1928年のパリ。そこはかつての華やかさを失った移動サーカスだ。観客も出演者も、諦めと疲労の表情を浮かべながら、ショーをただ消費している。そんな中、赤いマントを纏った女性、スザンヌ(アナイス・ドゥムスティエ)が登場する。彼女は「ヴェヌス・エレクトリフィカタ」として売り出されているスターだが、その技能は「美しさ」と「痛みに耐えること」に尽きる。
ショーの仕組みはこうだ。スザンヌが手を2つの球体の上に置くと、客が彼女にキスをすると申し出る。客が実際にキスをすると、裏でスイッチが入れられ、電気が球体に流れ込み、彼女の体を通って客にショックを与える。多くの観客はこれを「愛の証」と勘違いするが、実際にはただの電気ショックに過ぎない。
スザンヌの過酷な日常
スザンヌは15歳の時に家族に売られ、このサーカスで働かされている。手を焼かれるという過酷な仕事にもかかわらず、彼女の給料はわずか。週給から経費を差し引くと、手元に残るのは9フランにも満たないという現実。それでも彼女は、痛みを和らげるために占い師のクラウディアのトラクターからアヘンを盗み、手に塗り込める日々を送っていた。
悲しみに暮れる画家との出会い
そんなある日、スザンヌはクラウディアのトラクターで偶然、亡くなった妻イレーヌを偲ぶ画家、アントワーヌ(ピオ・マルマイ)と出会う。アントワーヌはスザンヌに、亡き妻との「交信」を依頼し、多額の報酬を提示する。スザンヌは占い師の技を真似て嘘の交信を行い、アントワーヌの自宅に招かれるようになる。
アントワーヌは妻の死以来、絵を描くことができなくなっていた。スザンヌの「交信」を通じて、彼は再び創作意欲を取り戻していくが、そこには「嘘」と「救い」が複雑に絡み合う。
層をなす嘘と救いの物語
「エレクトリック・キス」は、嘘にまつわる物語だ。スザンヌはクラウディアを装い、占い師としての技を駆使して嘘をつく。しかし、その嘘がアントワーヌにとっては「救い」となり、彼の心の傷を癒していく。作品は、嘘と真実、痛みと癒しが交錯する中で、人間の弱さと強さを描き出す。
サルヴァドリー監督は、これまで「ル・プレジール」や「スリー・フレンズ」などで、人間の複雑な感情を描いてきた。今回の作品でも、その手腕を遺憾なく発揮している。観客は、スザンヌの嘘とアントワーヌの救いの物語に引き込まれながら、人間の本質に迫る作品の奥深さを感じ取ることだろう。
カンヌ映画祭の開幕上映作の傾向
近年のカンヌ映画祭では、開幕上映作が必ずしも注目作とはならない傾向が続いている。2025年にはアメリー・ボネンの「レーヴ・ワン・デイ」、2024年にはクエンティン・デュピューの「ザ・セカンド・アクト」、2023年にはマイウェンの「ジャンヌ・デュ・バリー」、2022年にはミシェル・アザナヴィシウスの「ファイナル・カット」、2021年にはレオス・カラックスの「アネット」が開幕上映作となったが、いずれも批評家から高い評価を得た作品とは言い難い。そんな中、「エレクトリック・キス」もその流れに沿った作品となった。
まとめ:奇妙ながらも心に残る作品
「エレクトリック・キス」は、奇妙で不安定な構造ながらも、観客を引き込む力を持つ作品だ。サーカスのショーとスザンヌの嘘、アントワーヌの救いが織りなす物語は、人間の弱さと強さ、嘘と真実の狭間で揺れ動く。カンヌ映画祭の開幕上映作としては物足りない面もあるが、その独特の魅力で観客の心に残る作品と言えるだろう。