レンニー・ハーリン監督の復活作『ディープ・ウォーター』が、観客を圧倒する暴力とユーモアで満ちた傑作として公開された。
ハーリン監督といえば、『エルム街の悪夢4 ザ・ドリームマスター』(1988)、『ロング・キス・グッドナイト』(1996)、『ディープ・ブルー・シー』(1999)など、型破りなジャンル映画で知られてきた。しかし近年は、不評を博した『ストレンジャーズ』リブート三部作の監督を務めるなど、一時期は映画界から遠ざかっていた。だが今回、待望のカムバックを果たし、再び「サメで人を殺す」という自身の得意分野に回帰した。
空飛ぶサメの惨劇、始動
本作は、アーロン・エッカートとサー・ベン・キングズレー演じる二人のパイロットが、個性豊かな乗客を乗せた飛行機に搭乗するシーンから始まる。そこには、新たに再婚した家族、エスポートチャンピオンのカップル、それぞれに個性を持つ客室乗務員、そして物語に関与しないように見える乗客たちまで、多様な人間模様が描かれる。しかし、ハーリン監督の手にかかれば、これらのキャラクターたちは「どうせ死ぬ運命」にあるのだ。
観客は、彼らの人間関係やストーリーに惹かれるが、その全ては「非常に悲惨な死」へと向かう運命にある。まるで『ファイナル・デスティネーション』のような展開で、どんなに努力しても、どんなに善良な人間であっても、ハーリン監督の手によって無残に死んでいくのだ。
悪意に満ちたキャラクターとサメの襲撃
乗客の一人、アンダス・サンプソン演じる男は、この映画における「最悪の人間」として描かれる。自己中心的で怠惰な彼は、何百人もの命を奪うことになる。彼のスーツケースが貨物室で火災を起こし、爆発することで、連鎖的な悲劇が引き起こされるのだ。
ハーリン監督は、この作品に「暴力の美学」を徹底的に追求している。飛行機の残骸がサンゴ礁に墜落し、乗客が水中の気泡に閉じ込められた後も、事態は悪化する。そこには、サメの群れが生存者を次々と襲うという、地獄のような光景が待ち受けている。特に善良なキャラクターほど、容赦なく襲われるのだ。
「この映画は、決して深いメッセージを持つわけではない。しかし、アメリカ人が世界に与える破壊と死の象徴として、このキャラクターは描かれている」
アンダス・サンプソン演じる男は、生存者を助けようとする乗客をサメの餌食にし、最終的に「俺はアメリカ人だ!」と叫ぶシーンは、アメリカ中心主義への皮肉が込められている。観客は、彼が「アメリカの象徴」であると同時に、世界に与える影響の象徴でもあると感じるだろう。
ハーリン監督の復活とその意義
『ディープ・ウォーター』は、ハーリン監督がかつて得意としたジャンルに回帰した作品であり、その暴力的でユーモアに満ちた演出は、ファンを熱狂させること間違いなしだ。サスペンスとホラーの要素を巧みに組み合わせ、観客を最後まで引きつけるエンターテインメント作品となっている。
ハーリン監督の復活作に期待していたファンにとって、この作品はまさに「待ちに待った贈り物」と言えるだろう。サメ映画の新たな伝説として、多くの観客の記憶に残ることだろう。