米Apple TV+のホラーコメディ「ウィドウズ・ベイ」のクリエイター、ケイティ・ディポールドは、同作のキャラクターを特定の俳優に合わせて書いたわけではなかった。しかし、監督にはヒロ・ムライを起用することを決めていたという。

「彼は私の理想の監督でした。脚本を書き直していた時も、『アトランタ』を見ていました」とディポールドはTheWrapの取材に答えた。エミー賞を受賞した同作で、ムライは約30エピソードを監督し、その独特の演出手法が大きな影響を与えたという。

「ムライは、リアリティのある世界観を丁寧に構築しながら、突然驚くような非現実的な展開を織り込むのが得意なんです。私たちの作品にぴったりだと思いました」と彼女は語る。

ムライの評価は、現在のテレビ業界における彼の地位を象徴している。これまで「アトランタ」をはじめ、「ステーション・イレブン」「バリー」「ミセス・ミス・スミス」「レギオン」など、ジャンルを超越した話題作のエピソードを手掛け、今やテレビ界で最も重宝される監督の一人となった。

では、どのようにして彼はその地位に上り詰めたのか。ムライ自身は「キャリアの青写真などなかった」と語るが、その背景には独自の映像感覚と音楽への深い理解があった。

東京生まれ、ロサンゼルス育ちの映像作家

ムライは日本の作曲家、村井邦彦の息子として東京で生まれ、9歳の時にロサンゼルスへ移住した。「映画産業がすぐそばにある場所」と彼は当時を振り返る。南カリフォルニア大学(USC)の映画芸術学部を卒業後、映像制作の道へ進む。

彼が映画作りの魅力に目覚めたのは高校時代。ロサンゼルスのウエストウッド・ビレッジ劇場で友人と頻繁に映画を観に行っていたという。

「90年代の多くの子供たちと同じだったと思いますが、毎週末、必ず映画を観に行っていました。中には酷い作品もありましたが、金曜日の待ち合わせはまるで約束事のようでした。並んでチケットを買うあの共同体的な感覚が忘れられません」

卒業後、ムライはミュージックビデオの世界へ足を踏み入れる。当初は撮影監督やストーリーボードアーティストとしてスタートし、やがて監督へと転身した。その背景には、父親の音楽家としての仕事が影響していた。

「音楽は常に身近にありました。でも私は音楽の才能がなかったんです」と彼は振り返る。10年にわたるピアノのレッスンも「身につかなかった」というが、音楽への愛情は失われなかった。

「ミュージシャンの友人たちの仕事ぶりが好きでした。彼らは有機的で自由なアプローチで物事を進めるんです。みんなで集まって、アイデアを出し合い、試行錯誤する。そんな彼らの姿に近づきたいと思いました」

ミュージックビデオからTV界のトップへ

2010年代初頭、ムライはミュージックビデオの監督としてキャリアをスタートさせる。そこで培った経験について、TheWrapの取材にこう答えた。

「ミュージックビデオは、物語を構築する方法を教えてくれます。短い時間でいかに効果的にメッセージを伝えるか、その技術はテレビや映画にも応用できるんです」

その後、FXのコメディ「アトランタ」で注目を集め、エミー賞を受賞。その独特の感性は、ドラマ、コメディ、ホラーといったジャンルを超えて高く評価されている。ムライの手掛ける作品は、常に「 grounded(地に足がついた)」でありながら、突然の「 absurd(非現実的な)」展開で観客を驚かせる。そんな彼のスタイルが、現代のテレビ界で求められる「ジャンルを超越した storytelling」の新たな可能性を示している。

「ウィドウズ・ベイ」の成功も、その集大成と言えるだろう。ディポールドが「完璧な監督」と評するムライの手腕が、今後もテレビ界に新たな風を吹き込み続けることは間違いない。

出典: The Wrap