第77回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で初上映された「ファーザーランド」は、白黒の美しい映像と独特の画角で知られるポーランド出身の名匠、パヴェル・パヴリコフスキー監督が贈る新たな傑作だ。
同監督の作品といえば、2013年のアカデミー賞受賞作「イーダ」や2018年の「冷戦」が思い浮かぶ。いずれも白黒で、ほぼ正方形の画面比率を用い、第二次世界大戦の傷跡が残る西欧・中欧を舞台にした作品だ。パヴリコフスキー監督自身の家族史とも深く関わるこれらの作品は、静謐でありながら強い印象を残す、この15年で同地域から生まれた最も個性的な映画のひとつとされてきた。
「ファーザーランド」もまた、白黒の映像とアカデミー比率の画面で、1949年の分断されたドイツを舞台に展開する。敗戦国となったドイツは東西に分割され、冷戦の最前線となっていた。監督は、ドイツの名作家トーマス・マンとその娘エリカ・マンの2人が、故郷を失ったドイツを旅する姿を描く。
上映時間はわずか82分。同映画祭のコンペティション部門では、上映時間が2時間半を超える作品が5本もある中で refreshing な存在だ。「イーダ」ほどの衝撃はないが、「冷戦」ほどのスケール感はないものの、2人の人間が直面する個人的な喪失、芸術と政治の分断、そして戦後ドイツの根本的な問い「故郷とは今どこにあるのか?」を静かに問いかける。
主演を務めるのは、サンドラ・ヒュラー。同女優は過去10年にわたりカンヌ映画祭で存在感を示してきた実力派で、2016年の「トニ・エルドマン」、2023年の「ある afternoon」と「インタレスト・ゾーン」で輝かしい演技を見せた。今回の「ファーザーランド」でも、ドイツ的な沈黙の奥に渦巻く葛藤を、時に表面化させながら見事に演じ切っている。
同作の原案は、『西部戦線異状なし』『コンクラーヴェ』のエドワード・バーガー監督が手掛けた。バーガー監督は、ドイツ人監督ではなく海外の監督に託した方が面白いと判断し、脚本をパヴリコフスキー監督に送ったという。脚本は、第二次世界大戦終結からわずか4年後の1949年、ドイツの名作家でありノーベル賞作家でもあったトーマス・マンが、分断されたドイツを訪れた実話に基づく。マンは、西ドイツのフランクフルトでゲーテ賞を受賞し、東ドイツのヴァイマルも訪れた。東西ドイツ双方が、マンを自らの象徴として利用しようとしたのだ。
エリカ・マンは、父のドイツ訪問に同行するが、その旅路で2人はドイツの分断と故郷の喪失という重いテーマと向き合うことになる。