今年の春先、映画「シープ・ディテクティブ」の予告編を見た時、多くの人が経験するであろう「奇妙だけど魅力的」という感覚を抱いた。ヒュー・ジャックマン演じる優しい羊飼いジョージが、リアルなアニメーションで描かれた羊たちにミステリー小説を読み聞かせるという、一見すると突飛な設定に思わず笑ってしまった。しかし、ジョージが殺害され、羊たちが犯人を捜すという展開になると、話はますます理解不能に。さらに、エマ・トンプソン演じる洗練された弁護士がジョージの莫大な遺産を明かすシーンでは、彼女がなぜこの映画に出演したのかと疑問を抱いた。そして、羊が「俺は羊の探偵だ」と発言するシーンに至っては、その言い回しの滑稽さに思わず吹き出してしまった。

映画のタイトル「シープ・ディテクティブ」が表示された時には、思わず笑みがこぼれた。「こんなインチキくさいタイトルで、インチキくさそうな映画か」と高をくくっていた。ところが、実際に映画を観終わってみると、その印象は一変した。

当初は「ビーバーの意識をアップロードする少女」という別の映画を観る予定だったが、なぜか「シープ・ディテクティブ」のことは頭から離れなかった。街を歩いていると、ふと「シープ・ディテクティブ!」という言葉が頭に浮かび、思わず笑みがこぼれる。友人に映画を一緒に観ないかと提案した時も、当初は半分冗談だったが、結局断られて散歩に出かけた。その後、知り合いのInstagramストーリーで「シープ・ディテクティブを観て泣いた」という投稿を複数見かけた。誰かが「 pity(同情)」で一緒に観に行こうと言ってくれたのかもしれない。結局、今週の午後2時の上映に足を運ぶことになった。そこには退職したと思われる人々がちらほらと集まっていた。2時間の上映を終え、涙でかすんだ目を拭いながら、私は多くの人と同じように「シープ・ディテクティブ」を過小評価していたことを悟った。まるで第三の目を覆っていたヴェールが剥がされたかのようだった。この映画は素晴らしい作品だったのだ。エマ・トンプソンが自分の名声をかけて出演するような映画でなかったはずがない。

そもそも、この映画が「羊とは何か」を正確に描いているかといえば、答えはノーだ。だが、それはこの映画の目的ではない。この映画は羊についての物語ではなく、羊の探偵についての物語なのだから。

出典: Defector