暗号資産ビットコインをめぐる「量子コンピュータ」の議論が、技術的な側面と法的な側面の混同により、しばしば混乱を招いている。技術的な問題は、量子コンピュータがビットコインの署名方式を破るほどの性能を獲得した際に、プロトコルがどのように対応するかという点にある。新しいアドレスタイプの導入、移行ルール、ソフトフォーク、非推奨化、鍵のローテーションなど、エンジニアリングの課題として解決可能な問題だ。
一方で、法的な問題はより根深い。古いウォレットから量子コンピュータで秘密鍵を割り出し、資金を移動させた場合、それは「放棄された財産の回復」とみなされるのか、それとも「窃盗」とされるのか。所有権の定義や没収の是非、ビットコインシステムが「管理」のみを認める中で、法的な所有権の意義が問われている。
法的所有権の原則:窃盗か回復か
2026年4月に提案されたBIP-361では、量子攻撃に脆弱なUTXO(未使用取引出力)にある650万BTC以上の凍結が議論された。その中には、サトシ・ナカモトに関連する100万BTC超も含まれる。この提案はもはや抽象的な議論ではなく、所有権、没収、財産の定義をめぐる実務的な対立へと発展している。
ビットコインは「管理」を重視するシステムであり、有効な署名を提示できれば取引が承認される。しかし、法的な観点から見ると、古いコインが「放棄された」とはみなされない。法は、たとえ長期間放置されていたとしても、所有権は消滅しないと考える。そのため、量子コンピュータで秘密鍵を割り出し、他人の資金を移動させた場合、それは「窃盗」に該当するとの見解が一般的だ。
量子リスクの現実的なシナリオ
量子コンピュータによるビットコインへのリスクは、すべてのアドレスに一律に及ぶわけではない。主なリスクが存在するのは、以下のような特定の状況下にあるアウトプット(取引出力)だ。
- Pay-to-Public-Key(P2PK)形式の初期アドレス:公開鍵がオンチェーンで直接公開されているため、量子コンピュータで秘密鍵を割り出される可能性がある。
- 古いスクリプト構造:一部のスクリプトでは、公開鍵が公開される仕組みとなっている。
- Taproot(P2TR)アドレス:32バイトの公開鍵が直接コミットされるため、同様のリスクが存在する。
- アドレス再利用:同一の公開鍵を用いて複数回取引を行うことで、資金が同一の鍵材料の下に残され、公開鍵が露呈する。
これらのリスクは、時間の経過とともに顕在化してきた。2026年3月31日、Googleの量子AI研究チームは、セキュリティカーブsecp256k1を50万個の物理量子ビットで破ることが可能であると発表した。これは従来の推定値(約900万量子ビット)から20分の1にまで削減された数字であり、ビットコインの脆弱性が現実味を帯びてきたことを示している。
法的整理の必要性
ビットコインの「管理」重視のシステムは、法的な所有権の概念と必ずしも整合しない。そのため、量子コンピュータによる攻撃が発生した際の法的責任の所在を明確にする必要がある。特に、古いウォレットからの資金流出が「窃盗」とみなされる場合、被害者は法的手段による救済を求めることが可能となる。一方で、ビットコインのプロトコルレベルでの対応(例えば、鍵のローテーションや新しいアドレスタイプの導入)も、リスク軽減に向けた重要なステップだ。
量子コンピュータの脅威はもはやSFの世界の話ではなく、ビットコインの未来を左右する現実的な課題となっている。技術的な対策と法的な整理の双方が、今後数年のうちに進展することが予想される。