「時には長い時間演奏を重ねなければ、自分らしい演奏ができるようになる」。ジャズトランペットの巨匠マイルス・デイビスのこの言葉は、成功の本質を突いている。優れたアーティストは技術だけでなく、独自の表現力を持つ。そのためには、自分自身になる過程を徹底的に追求する覚悟が必要だ。そこには当然、失敗がつきものである。
しかし、その「なりきる」過程で経験する失敗について語られることは少ない。まるでジムに行ってすぐに腹筋が割れるかのように、私たちは成果だけを求めがちだ。だが、それは現実とは程遠い。筋肉もスキルも、一朝一夕には手に入らない。失敗を経てこそ、真の実力が育まれるのだ。
ソーシャルメディア上で語られる成功ストーリーは往々にして美化され、失敗の部分は省略される。誰もが失敗を認めたくないし、ましてやそれを公表したがらない。しかし、真の成長を遂げるためには、失敗を避けて通ることはできない。むしろ、その失敗をどう乗り越えたのかを共有することで、他者の成長を後押しできるのではないか。
失敗と「失敗中」の違い
この考え方を提唱するのが、元Appleやディズニー、インテルの幹部で、現在はエグゼクティブコーチとして活躍するコートニー・ルクレア氏だ。彼女は「失敗」と「失敗中」を明確に区別する。
- 失敗(Failure):完結した文。結果として「私は失敗した」というタイトルを与えられ、自己を定義づけるもの。
- 失敗中(Failing):進行形の文。その後に続く行動がある。例えば「私は失敗中だから、次はこうしよう」といった具合に、改善への道筋が見える。
ルクレア氏は、この違いこそが失敗に対する私たちの捉え方を変える鍵だと説く。失敗は終わりを意味するが、失敗中は成長のプロセスそのもの。だからこそ、私たちは「失敗中」の経験を積極的に共有し、他者と共有すべきなのだ。
「なりきる」過程を支援する
ルクレア氏はかつて、AppleでiPodやiPhoneのマーケティング責任者を務め、その後ディズニーやインテルでも幹部として活躍した。オークランド・レイダーズのCMOも歴任し、そのキャリアは華々しい。しかし現在は、新たな肩書きで活動している。「チーフ・ビカミング・オフィサー(最高「なりきる」責任者)」――これは、リーダーが自分らしい在り方を見つけ、理想の自分に近づくための支援を行う役割だ。
彼女のアプローチは、単に成功体験を語るのではなく、失敗や挫折を率直に伝えることに重きを置く。その理由は、失敗こそが成長の糧であり、自分自身を深く理解するきっかけになるからだ。ルクレア氏は、ポール・コエーリョの『アルケミスト』に登場する「個人の伝説」という概念を引用し、一人ひとりが自分だけの道を歩む重要性を説く。
「なりきる」過程は誰にとっても避けて通れない道。だからこそ、その過程で経験する失敗を隠さず、むしろ共有することで、より多くの人が自分らしい成長を遂げられるのではないだろうか。