プロレスファンにとって、AEW(オール・エル・イー・レスリング)とWWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)の興行は、常に「好きか嫌いか」の二極化が繰り返される関係だ。どちらかが酷いミスをすれば、それだけで相手が「まともに見える」という構図が定番となっている。
しかし、プロレス界の分断を超えて、両団体に共通する「決定的な欠点」が存在する。それは、Tシャツのデザイン力のなさだ。
現在、AEWとWWEの公式オンラインショップを覗けば、Tシャツコーナーに並ぶ商品は大きく3つのカテゴリーに分類される。
- ロゴが邪魔をして雰囲気を壊す:一見すると洗練されているように見えるが、肝心のロゴが大きすぎてTシャツのデザインを台無しにしている。
- 一時的な盛り上がりを切り取った使い捨て感満載:タイトル戦の勝利や特定の瞬間を反映したデザインだが、数週間で時代遅れになる「スクラップブック的ファッション」。
- 「グラフィックデザインが得意」と言わんばかりの失敗作:ロゴとキャッチコピーを無理やり組み合わせた、見るからに安っぽいデザイン。価格に見合ったクオリティではない。
筆者の友人たちは、新しいプロレスTシャツが発売されるたびに「また最悪のデザインが出た」とLINEで共有し合う。その理由は、前回の商品よりも「より醜く」なっているからだ。
例えば、WWEが2025年7月に発売した「OTC1(One True Champion)コレクション」のTシャツは、ローマン・レインズの新しいギミックを反映したデザインだったが、そのグラフィックは「洗濯物の山から這い出てきたような」と評された。同様に、AEWの公式アカウントが2025年2月に紹介したフィン・ベイラーのTシャツも、ロゴが大きすぎて着用に耐えられないデザインだった。
プロレスTシャツのデザインは、現代NBAジャージのようなミニマルで魂のないトレンドに陥るか、それともインターネットミームの域を出ないダサさに振り切るかのどちらかだ。中には、ドラゴンボールZのエッジなTシャツを彷彿とさせる「武器級のクリンジ」が施されたデザインも存在する。
時折、ブレイクするデザインもある。2010年代に国際的なプロレスファンの間で流行した「バレットクラブ」のロゴは、その象徴的なデザインで注目を集めた。しかし、その人気はすぐに飽和し、今では「付き合いたくないタイプの人」を連想させるステレオタイプなデザインと化している。
中には「Big, Black, and Jacked」や「Scissor Me, Daddy Ass」といった過激なキャッチコピーがプリントされたTシャツも存在するが、これらはファッションというよりも、むしろ「着る人の背景を説明するためのアイテム」に近い。ファッションとしての機能性は二の次で、コミュニケーションツールとしての側面が強い。
筆者が指摘したいのは、プロレスTシャツのデザインが「人間の体に着ることを想定していない」という点だ。多くのデザインは、大学生の部屋に貼られるポスター(例えば『パルプ・フィクション』や中華街で買ったナルトの掛け軸)のような存在で、実際に着用することを前提としていない。それどころか、半数のデザインは「デスクトップの壁紙に最適」なクオリティで、Tシャツとしての実用性は皆無に等しい。要するに、「飲むと死ぬほどまずい水」のような出来栄えだ。
プロレスファンにとって、Tシャツは単なるグッズではない。興行の象徴であり、アイデンティティの一部でもある。しかし、その象徴を体現するデザインがこれほどまでに「着るに耐えない」ものであれば、ファンの不満も当然だろう。両団体には、今一度デザインの見直しを求めたいところだ。