米フロリダ州ペンサコーラの海岸で行われた水質調査の最中、研究者のベイリー・マガーズとスニル・クマールは、奇妙な光景を目にしていた。消毒液の入った袋が白い砂浜に並び、ゴム手袋をはめた手で試験管を扱う二人の周囲には、ゴムとプラスチックの層が皮膚を保護していた。昨年8月に行われたこの調査で、水着姿の高齢女性が近づき、何をしているのか尋ねてきた。研究者らは「水質をモニタリングしているだけです」と答えたが、女性はさらに尋ねた。「あの食人バクテリアを探しているの?」研究者らは「調査中です」と答え、不安を与えないよう配慮した。女性は納得し、海へと戻っていった。しかし、クマールは女性の体に傷や打撲があることに気づき、数分後には波に足を踏み入れるのを目撃した。彼は不安を振り払い、作業に戻った。
マガーズとクマールが研究対象としているのは「ビブリオ」と呼ばれるバクテリアだ。このバクテリアは古代海洋生物の一種で、およそ古生代に出現したと考えられている。当時、地球の陸地は巨大な超大陸で構成され、広大な浅海が形成されていた。こうした環境下で複雑な海洋生態系が発達し、ビブリオの祖先は温暖で新たに形成された水域で繁栄していた。
現在、研究者らは70種以上のビブリオ属バクテリアが自然環境に存在すると推定している。これらのバクテリアは温暖な汽水域に生息し、プランクトンや藻類に付着し、貝類やカキなどの濾過摂食生物に蓄積される。フロリダ州の海岸で貝類を採取する家族。写真:ゾヤ・テアースティーン / グリスト
ビブリオ感染症の脅威:致死的なケースも
ビブリオ属には病原性を持つ種が存在し、最悪の場合、重症化する可能性がある。汽水域で開放創を持つ状態で泳ぐ、あるいは汚染された貝類を生で摂取することで感染する。このバクテリアが産生する毒素は無味無臭で、感染すると数時間で四肢の皮膚が変色し、腫れや壊死を引き起こす。抗生物質による迅速な治療が行われなければ、敗血症性ショックに陥り、死に至ることもある。
感染リスクは誰にでも存在するが、特に肝疾患、免疫不全、高齢者、糖尿病患者などは重症化しやすい。気候変動により海洋は温暖化が進み、温室効果ガス排出量の90%以上を吸収してきた海は、ビブリオにとってますます住みやすい環境となっている。
気候変動が加速させる感染拡大
研究によると、ビブリオの分布と活動は水温と塩分濃度に大きく依存する。海水温の上昇に伴い、ビブリオの濃度は増加し、海水浴客や貝類摂取者の感染リスクが高まる。ビブリオの活動が活発化するのは、海水温が華氏60度(摂氏15.6度)を超える頃からで、夏季にかけて沿岸部の水温が上昇するにつれて急速に増殖する。
近年、科学者らはビブリオがかつて生息が難しかった地域へと北上していることを確認している。米国東海岸ではメイン州まで到達し、世界の温帯海域でもその存在が確認されている。ビブリオ感染症(ビブリオーシス)の発生件数は増加傾向にあり、専門家らはさらなる拡大を懸念している。
主な感染経路と予防策
- 海水浴や水泳:開放創がある場合は、汽水域での水泳を避ける。感染リスクが高い。
- 貝類の摂取:生のカキや貝類を食べる際は、産地や鮮度に注意。加熱調理が推奨される。
- 傷のケア:海水浴後は傷口を清潔に保ち、消毒する。
- 高リスク者の注意:肝疾患や免疫不全のある人は特に注意が必要。
専門家は、気候変動の影響で今後もビブリオの分布域が拡大する可能性が高いと指摘。個人レベルでの予防策とともに、公衆衛生の観点からも対策の強化が求められている。