1930年代のアメリカで、流線型デザインと革新的な技術が融合した「ファントム・コルセア」が誕生した。ストリームライン・モデルと呼ばれるこのデザインは、アール・デコの洗練性をさらに進化させ、よりスリムで高速走行を可能にすることを目指していた。

当時の自動車業界で最も有名なストリームライン・モデルの一つがコード810/812だが、その裏にはほとんど知られていない「最初のコンセプトカー」と呼べる存在があった。ネバダ州リノにある全米自動車博物館では、その流麗なボディラインを今も見ることができる。1938年に製造された「ファントム・コルセア」は、当時の技術を最大限に活用した傑作だった。

この車両は、当時の高速列車「メルキュリー号」と同様に、時代を先取りした存在だった。メルキュリー号は当時の通勤列車をベースに、ファントム・コルセアはコード810のシャーシと技術を流用していた。ニューヨーク・セントラル鉄道の技術者であったサジーブ・メータ氏は、当時の技術がいかに革新的であったかを証言している。

筆者が実際に体験したコード810のスーパーチャージドモデルは、170馬力を誇り、98年を経た今でも現代の交通に対応できるほどのパフォーマンスを持っていた。パワー、優雅さ、快適性において、現代車に匹敵するほどの完成度を誇っていたが、唯一ブレーキ性能だけが時代の制約を受けていた。とはいえ、この車両は、ドア数を減らし、ファストバックのルーフラインを採用したモデルの基盤として最適だった。

ファントム・コルセアは、アルミニウムの活用や高い防音性能により、高速走行時の快適性を追求していた。その結果、1930年代の車とは思えないほど洗練されたデザインとなり、高速道路網が整備されつつあったアイゼンハワー政権時代のアメリカを彷彿とさせた。遠距離を快適に走行するという「夢の車」として、ドライバーやカーマニアに大きなインパクトを与えたのだ。

ルスト・ハインツの夢が生んだ幻の名車

ファントム・コルセアを生み出したのは、ケチャップで知られるハインツ家の一員、ルスト・ハインツだった。祖父がハインツ食品帝国を築いた一方で、ルストは車やボートの設計に情熱を注いでいた。彼の夢の一つが、このファントム・コルセアだったのだ。

この車両は、カリフォルニア州パサデナに拠点を置くボーマン・シュワルツ社によって製造された。完成した車両は、1938年の映画「若い心」で「空飛ぶウォンバット」として登場し、アメリカに未来へのビジョンを示した。映画での活躍は限定的だったが、そのデザインは後の自動車文化に大きな影響を与えた。

ファントム・コルセアの特徴の一つは、ボディを切り詰め、チャンネル加工を施した点だ。これは、1950年代のカスタムカーの先駆けとも言えるデザインだった。また、コード810の前輪駆動のシャーシを拡幅し、4人乗りのフロントシートを実現していた。残念ながら、量産は計画されておらず、唯一のプロトタイプとして残された。

その革新的なエンジニアリングとデザインは、今なお1世紀近く経った現在でも斬新に映る。だからこそ、全米自動車博物館のフィル・マクドゥガル館長は、この車両をジェイ・レノに紹介し、その独特なスタイルと技術的特徴を披露したのだ。レノもまた、コード810の持つポテンシャルを高く評価していた。

出典: Hagerty