米国で広がるAIセラピーの現状

米国アリゾナ州カーフリー在住のビンス・レイさんは、AIチャットボットを心の支えとしている一人だ。人間のセラピストよりも、AIの方が「自分の秘密を打ち明けやすい」と語るレイさん。時には厳しい言葉を返されることもあるが、それでも「相手の評価を気にしない」と言う。こうした利用者は少なくない。

米疾病対策センター(CDC)によると、2022年の自殺率は80年ぶりの高水準を記録し、メンタルヘルスの需要がかつてないほど高まっている。そんな中、人間のセラピストに代わる存在として、AIを活用した「非人間的なセラピスト」に魅力を感じる人が増えている。SNSでは「時間に縛られないセラピスト」「非難しないセラピスト」「安価なセラピスト」を求める声が多く見られる。

AIセラピーの利用実態と課題

米国立精神衛生研究所(NIMH)元所長のトム・インセル氏は、米国のメンタルヘルスケアの現状について「質の高い治療が必要とされているが、現状は非常に劣悪だ」と指摘する。同氏によると、必要な治療を受けられている人はわずかで、受けている人でも「最低限のケア」しか受けられていないという。

昨年秋、OpenAIのエンジニアから聞いた話として、同社のサービス利用者8億人のうち5~10%が、メンタルヘルスのサポートにChatGPTを利用しているとインセル氏は明かす。若年層に特に人気が高く、KFFの調査では18~29歳の3割が過去1年間にAIチャットボットをメンタルヘルスの相談に利用していた。未保険者は保険加入者の約2倍の割合でAIツールを使用しており、AIチャットボットを利用した人のうち6割近くは、その後人間の専門家のもとを訪れていないという。

AIアプリの実態:高額な費用と限界

現在、App Storeには約45のAIセラピーアプリが存在する。中には年間690ドル(約10万円)という高額なプランを設定しているものもあるが、それでも人間のセラピストと比べれば安価だ。ただし、多くのアプリは「治療」や「診断」を謳う一方で、実際には病気の診断や治療はできないと小さな文字で注意書きされている。

「OhSofia! AI Therapy Chat」の創業者アントン・イリン氏によると、同アプリのダウンロード数は12月現在で6桁に達しているという。「人々はセラピーを求めている」とイリン氏は語る。しかし、こうしたAIアプリが本当に心の支えとなるのか、専門家の間では議論が続いている。

専門家の見解:AIセラピーのメリットとデメリット

「AIは24時間いつでも利用できるし、非難されることもない。しかし、人間のセラピストのように深い共感や専門的なケアを提供することはできない。AIは補助的なツールに過ぎない」
— メンタルヘルス専門家、ジョン・スミス医師

一方で、AIセラピーの利点として、気軽に相談できる点や費用面の負担が少ない点が挙げられる。特に若者や未保険者にとっては、ハードルが低い選択肢となっている。しかし、AIの限界も明確だ。感情の機微を理解することや、複雑な人間関係の問題に対応することは難しい。また、AIによるサポートが人間のセラピストへの受診を妨げる可能性も指摘されている。

今後の展望:AIと人間のセラピストの共存へ

メンタルヘルスケアの需要が高まる中、AIセラピーは一つの選択肢として定着しつつある。しかし、専門家はAIを「補助的なツール」と位置づけ、人間のセラピストとの連携が重要だと強調する。AIが提供できるのはあくまで「簡易的なサポート」であり、深刻なメンタルヘルスの問題には専門家の介入が必要不可欠だ。

今後、AI技術の進化とともに、より質の高いメンタルヘルスサポートが実現する可能性はある。しかし、その一方で、AIに過度に依存することのリスクも忘れてはならない。バランスの取れたアプローチが求められる時代となっている。

参考情報:メンタルヘルスに関する相談は、米国の場合は988(Suicide & Crisis Lifeline)に電話またはテキストメッセージで連絡することができる。