ボブ・オデンカークは、かつてシカゴの小さな劇場で、クリス・ファーリーと共に「バン・ダウン・バイ・ザ・リバー」の名シーンを演じた経験を振り返りました。エミー賞受賞俳優であり、話題作のテレビドラマやトニー賞ノミネートの舞台に出演してきたオデンカークにとって、この出来事は特別な思い出だったと語ります。

「娘にショービジネスで一番楽しかったことは何?」と尋ねられた際、オデンカークは迷わず「クリス・ファーリーとの舞台上の一幕」と答えました。汗ばむ小さなシカゴの劇場で、ファーリーが「バン・ダウン・バイ・ザ・リバー」のセリフを叫ぶシーンは、彼のキャリアのハイライトだったのです。

オデンカークは当時を振り返り、「ファーリーと一緒にこのシーンを演じた時の喜びは、何ものにも代えがたいものでした。彼は舞台上で他の俳優たちを笑わせるまで、決して降りようとしなかったんです」と語っています。

このシーンは、オデンカークが第二の都市劇場(Second City Theater)時代に書いたもので、後に『サタデー・ナイト・ライブ』(SNL)で披露されることになります。当時、オデンカークはSNLのライターとして3年目を迎えており、夏休みを利用して第二の都市劇場に戻っていました。

「シカゴ出身の私にとって、第二の都市劇場のメインステージに出演することは、カブスの試合に招待されるようなものです。断るわけにはいきません。実際、私は参加を決めました」

オデンカークは1987年からSNLのライターとして活動していましたが、最初の夏休みにはロバート・スミゲルとコナン・オブライエンと共に、自らのステージショーを執筆・上演していました。3度目の夏休みには、SNLのお気に入りの才能が集う第二の都市劇場のレビューに出演し、自身の作品を発表していました。

「私はクリス・ファーリーやティミー・メドウズ、ジル・タリー、デイヴ・パスクシらと共にそのレビューに出演しました。私たちはショーを執筆し、私は『モチベーショナル・スピーカー』という作品を書きました。その後、私、ティム、クリスはSNLに戻りました。それが4年目で、同時にSNLでの最後の年でもありました」と語っています。

当時、ファーリーとオデンカークはSNLで「モチベーショナル・スピーカー」をテレビ化するよう働きかけていましたが、実現には至りませんでした。オデンカークがニューヨークからロサンゼルスに移った翌シーズンも、このキャラクターは登場しませんでした。ファーリーの4シーズン目も終わりに近づいた頃、ようやく「モチベーショナル・スピーカー」がSNLのスケッチとして放送されることになりました。

「彼らはついに折れて、『モチベーショナル・スピーカー』をSNLのスケッチとして放送してくれました。私はとても感謝していますし、ファーリーも同じ気持ちだったと思います。彼はこのキャラクターを演じるのが大好きで、同じ反応を得たいと思っていました」