ワルシャワ中心部を見下ろす大きな窓を備えた、モダンな黒一色のボクシングスタジオ。20代から50代までのウクライナ人女性たちがペアを組み、リングに向かい合っていた。2022年2月のロシア侵攻後、ポーランドの首都に避難した彼女たちにとって、このスタジオは新たな「居場所」だった。

「右から打って!集中して!」と指導するのは、ヨーロッパライト級チャンピオンのアレクサンドラ・シドレンコ(愛称:サーシャ)。50代半ばのマルタ・パズデイは、短髪で引き締まった体を揺らしながら空を殴った。相手は素早く後退し、顎をガードする。時折、笑い声が響く中で、サーシャは叫ぶ。「考えるな!考え始めたら負けだ!」

サーシャはこう語る。「ボクシングは人生と同じ。しっかりと足を踏ん張れば、何だって乗り越えられる」。ウクライナではボクシングが文化的な誇りであり、多くの世界チャンピオンを輩出してきた。ワルシャワのスタジオで活動するNGO「ウクライニスキ・ドーム」が主催するこのボクシング教室は、2025年3月に始まった。参加者たちは、ストレス解消や自己肯定感の向上につながると口を揃える。

「人道的超大国」から「負担」へ 支援の変化

2022年当初、ポーランドはウクライナ難民を積極的に受け入れ、当時の米国大使から「人道的超大国」と称された。しかし、時間の経過とともに状況は一変。2025年後半の世論調査では、難民受け入れ支持率が94%から48%へと急落した。

ソーシャルメディアでは「ウクライナ人女性がポーランド人男性を奪う」「仕事を奪う」「医療システムを圧迫する」といった非難が飛び交う。2025年の大統領選挙ではウクライナ難民問題が主要な争点となり、右派のカロル・ナヴロツキ候補が勝利。就任後、難民の特別滞在権(簡素化された労働市場アクセスや自動的な法的滞在権)を制限する法案が成立した。

2025年9月、ナヴロツキ大統領は、戦争開始以来続いてきたウクライナ難民向けの特別滞在権を延長しない方針を発表。2026年3月5日に期限を迎えるこれらの権利は、事実上打ち切られることになった。さらに極右政治家からは「エイズ、ギャング、売春婦を連れてきた」といった差別的な発言も飛び出し、2023年から2025年にかけてウクライナ人に対するヘイトクライムは49%増加した。

「恐ろしかった」。ボクシンググループの一員であるウリアナ・イルニツカはそう振り返る。ワルシャワのスタジオで行われたインタビューで、彼女は「ポーランドの旗や車に火がつけられた」と語った。

続く戦争と深まる溝

和平交渉は幾度も行われたが、戦争は依然として続いている。侵攻から4年目を迎えた2025年現在、ロシアはウクライナの領土の約20%を支配。ドローンやミサイルが都市を襲い、民間人を殺害し続けている。

その一方で、ポーランド国内ではウクライナ難民に対する排斥感情が広がりつつある。経済的な負担や社会的な摩擦が背景にあるとみられるが、その実態は複雑だ。ボクシング教室の参加者たちは、ストレス発散の場を失うだけでなく、新たな敵意にさらされることへの不安を募らせている。

「私たちが望んでいるのは、安全な生活と尊厳。でも今、それが脅かされている」
──ウクライナ人難民、マリア・コヴァリチュク(仮名)

主な出来事と年表

  • 2022年2月:ロシアがウクライナに侵攻。ポーランドは難民受け入れを開始。
  • 2022年:米国大使がポーランドを「人道的超大国」と称賛。
  • 2023年-2025年:ウクライナ人へのヘイトクライムが49%増加。
  • 2025年後半:難民受け入れ支持率が94%から48%へ急落。
  • 2025年:右派のナヴロツキが大統領に当選。難民の権利制限法案が成立。
  • 2025年9月:ナヴロツキ大統領が特別滞在権の延長を拒否する方針を発表。
  • 2026年3月5日:ウクライナ難民の特別滞在権が失効予定。