911通報が引き起こす悲劇

米国では、トランプ前政権下で強化された移民政策により、犯罪被害や緊急事態で911に通報した移民が逆に逮捕され、ICE(移民税関執行局)に引き渡されるケースが相次いでいる。通報をためらう被害者が命を落とす事態も発生しており、人権団体が深刻な懸念を示している。

事例:4歳の娘の体調不良で通報、暴行を受け逮捕

2024年12月、フロリダ州パームビーチ郡で起きた事件では、アクセル・サンチェス・トレドさん(当時32歳)が4歳の娘の体調不良を知り、前妻のもとに向かった際、911に通報して安全確認を依頼した。しかし、到着した警察官2名がサンチェスさんのIDを確認後、ICEへの引き渡しを示唆。サンチェスさんは逮捕を恐れて逃走したが、警察官に暴行を受け、 taser(電気ショック銃)で撃たれ、地面に押さえつけられた。その際、サンチェスさんは「私は犯罪者ではありません」と訴えたが、警察官からは「今さら知ったことか!」と罵声を浴びせられた。

サンチェスさんは逮捕拒否罪で起訴されたが、2025年4月29日に不起訴処分となった。しかし、現在もICEの拘束下に置かれている。彼の弁護士によると、サンチェスさんは難民申請中であり、正規の滞在資格を有していたという。

287(g)プログラムが招く過剰な逮捕

サンチェスさんを逮捕した警察官は、パームビーチ郡保安官事務所の「287(g)タスクフォース」に所属していた。このプログラムは、州・地方自治体の警察官に連邦の移民執行権を与えるもので、見返りに報奨金などが支払われる。同事務所の1,500人の警察官のうち、移民逮捕権を持つのはわずか150人だが、2025年9月から2026年3月までの間に、彼らは月平均60人の移民を逮捕しており、州内で最も高い逮捕率を記録している。また、この間に約100万ドルの報奨金を受け取っていたという。

全米で1,100以上の法執行機関が287(g)協定に署名しており、州・地方レベルと連邦レベルの執行機関の境界が曖昧になることで、移民の不安が増大している。

通報をためらう被害者たち

移民の不安は、犯罪被害者にも深刻な影響を及ぼしている。バージニア州で発生した事件では、 domestic violence(家庭内暴力)の被害にあった女性が、警察への通報をためらった結果、命を落としたと家族が主張。被害者は、自身の移民ステータスを理由に警察への通報を避けたという。

移民支援団体「タヒリ・ジャスティスセンター」によると、同団体の支援を受けるクライアントの76%が、警察への通報を恐れていると回答している。また、ワシントン・ポストの取材に応じたある難民申請者は、職場で暴行を受けた際、近隣住民がICEによる職場襲撃で逮捕されたことを受け、今後警察に助けを求めることはないと語った。

移民の安全を脅かす警察とICEの連携

専門家らは、警察とICEの連携が移民の安全を脅かすだけでなく、犯罪被害の隠ぺいにもつながると指摘する。移民たちは、警察に通報すれば逮捕されるリスクがあるため、被害を訴えることができず、結果として犯罪がエスカレートするケースもあるという。

人権団体は、287(g)プログラムの廃止や、移民の権利保護を強化する法整備を求めている。一方で、トランプ前政権の移民政策を支持する層は、不法滞在者の摘発強化を訴えている。

今後の展望と課題

米国では、移民政策を巡る議論が依然として続いている。287(g)プログラムの是非や、移民の権利保護に関する法整備が今後の焦点となる見込みだ。しかし、移民の不安が解消されなければ、犯罪被害の隠ぺいや、さらなる悲劇の発生が懸念される。