米国自動車業界の歴史を語る上で、フォード・モデルTやモデルA、1980/1981年の前輪駆動型エスコート、1991年のエクスプローラーと並び、1960年式フォード・ファルコンが重要な位置を占めることは間違いない。このファルコンこそが、その後数十年にわたり米国市場で販売されるフォード車の基盤となった車種なのだ。
ファルコンのプラットフォームが生んだ名車たち
1960年式ファルコンのシャーシ設計は、1950年代後半のフルサイズフォードから流用されたものだ。このプラットフォームは、その後のフォード車の多くに採用され、マスタング、エコノライン/クラブワゴン、フェアレーン、トリノ、ランチェロ、マーベリック、グラナダ、そしてそれらのマーキュリーやリンカーン版にも受け継がれた。事実、1960年式ファルコンの基本構造をほぼそのまま踏襲した車両は、1991年までアルゼンチンで生産され続けた。
米国自動車業界の転換点となった背景
1950年代後半、ゼネラルモーターズ(GM)、クライスラー、フォードの各社は、アメリカンモーターズのコンパクトカー「ランブラー」や、フォルクスワーゲン・ビートル、ルノー・ドーフィーヌ、モーリス・マイナー、BMCミニといった輸入車の台頭に危機感を抱いていた。小型車の開発が急務となり、GMは斬新な空冷リアエンジンのコルベア、クライスラーは先進的なV型8気筒エンジンを搭載したバリアントを発表。その一方で、フォードは極めて保守的な設計のファルコンを開発したのだ。
ファルコンの車重は約1,130kg(2026年のマツダMX-5 Miataと同等)と軽量ながら、当時の他社とは一線を画した特徴を備えていた。エンジンは水冷式で前輪駆動ではなく、前輪サスペンションにはコイルスプリングを採用。シフトレバーはステアリングコラムに配置され、当時のデトロイト勢とは一線を画していた。
「6人乗り」という驚くべき主張
当時のフォードは、ファルコンのセダンが6人の大人を快適に乗せられると主張していた。現代の感覚からすれば信じがたいが、当時のアメリカ人は体格が小さく、車内でも密着して座ることが一般的だった。この「6人乗り」というコンセプトは、当時の市場ニーズに応えたものだったのだ。
ライバル車の動向とフォードの戦略
GMはコルベアの生産を1969年まで続けたものの、1963年以降は販売が低迷。その一方で、ファルコンの成功を受けて、GMは真のライバル車となる「シボレーII」(後のノヴァ)を急ピッチで開発し、1962年にデビューさせた。クライスラーはバリアントのAボディプラットフォームにこだわり、長年にわたり多額の利益を上げ続けた。
「1960年式ファルコンは、フォード社の歴史において、単なる一車種にとどまらない存在だ。この車が生み出したプラットフォームは、その後のフォード車の基盤となり、同社の成長を支えたと言っても過言ではない」
— 自動車ジャーナリスト、ムリリー・マーティン
発見された初年度モデルのファルコンワゴン
筆者は2024年にカリフォルニアで2年目のファルコン(マーキュリー版)を見つけ、記事にしたが、今回、コロラド州北東部の自走式ヤードで初年度モデルのワゴンを発見した。1960年から1965年にかけて生産された初期のファルコンは、1964年にフェイスリフトを実施。当時の「 Tudor(2ドア)」「Fordor(4ドア)」というドア数を示す呼称は、1950年代後半のフォード車に由来している。