米国の自殺予防ホットライン「988」に電話やテキストで相談できる。しかし、経済的困難が深刻な若者にとって、単なる心の支えだけでは問題解決にならないケースが多い。
オハイオ州コロンバスの首都大学でソーシャルワークを学ぶレイ・スコットさん(10代)は、10代の頃、家族4人と犬と共に車生活を送っていた。毎晩、次の寝場所を案じながら過ごしたある日、学校のトイレでホットラインに電話した。スコットさんは自身がトランスジェンダーでノンバイナリーであること、家族が長年貧困に苦しみ、雨漏りする家やプライバシーのない地下室で暮らしていたこと、時には食べ物にも事欠く状況だったことをカウンセラーに伝えた。ストレスと不安は絶えず、自殺願望に駆られたこともあったという。カウンセラーは一時的に沈黙した後、励ましの言葉をかけたが、スコットさんが本当に必要としていたのは、経済的困難を解決する具体的な支援だった。
「誰かに話を聞いてもらうのは心強いですが、食べるものもなく、住む家もない状況では、言葉だけでは限界があります」とスコットさんは振り返る。その後も病院やセラピストのもとを訪れたが、車の故障や立ち退き通知といった根本的な問題は解決されなかった。「人生で何度も、『5千ドルあれば今頃自殺なんて考えていない』と思ったことがあります」とスコットさんは語る。
経済的要因が自殺リスクを高める
自殺は一般的に精神疾患の問題と捉えられがちだが、経済的要因も大きな影響を与える。失業、低所得、高額な借金、住居不安定、食糧不足などは自殺リスクを高めることが、数十年にわたる研究で明らかになっている。逆に、最低賃金の引き上げ、食糧支援、税額控除、医療保険の拡充などで生活コストを下げると、自殺率が低下する傾向にある。基本的なニーズが満たされれば、生活の質は向上するからだ。
米国では自殺予防が医療的な問題とされ、医師やセラピストによる治療が中心となってきた。しかし、経済的支援が不足していることが課題となっている。一方で、他国ではこの点に早くから着目し、政策に取り入れている国もある。
従来のアプローチに限界、新たな視点が必要
米国の自殺率は先進国の中で高水準にあり、従来の医療的アプローチだけでは改善が見られていない。スタンフォード大学医学部の精神保健政策専門家ベンジャミン・ミラー氏は、「自殺予防の枠組みを広げ、メンタルヘルスの捉え方そのものを見直す必要がある」と指摘する。最も効果的な介入策は、必ずしもホットラインの拡充だけではないという。
経済的支援が自殺予防に与える影響について、ミラー氏は「生活の基盤が安定すれば、精神的な負担も軽減される。政策レベルでの取り組みが不可欠だ」と強調する。スコットさんも同様の見解を示し、「経済的困難が自殺リスクを高めることを認識し、包括的な支援策を講じるべきだ」と語った。
経済支援が鍵を握る
- 最低賃金の引き上げ:低賃金労働者の生活安定に寄与
- 食糧支援の拡充:食糧不足の解消が精神的負担を軽減
- 住居支援の強化:安定した住居の確保が自殺リスク低下につながる
- 医療保険の拡充:精神疾患治療へのアクセス向上
- 税額控除の拡大:家計の負担軽減がストレス軽減に寄与
専門家らは、自殺予防策として経済的支援を組み合わせることで、より効果的な対策が可能になると主張している。米国では今後、こうした包括的なアプローチが求められるだろう。