米国で年間に交通事故で亡くなる人の数は約3万6,742人。これは、メジャーリーグのマイアミ・マーリンズの本拠地であるローンデポット・パークの観客定員数とほぼ同じ規模だ。米国は毎年、野球スタジアム1つ分の命を交通事故で失っている計算になる。

こうした現状を打破する切り札として注目を集めるのが自動運転車だが、その導入を巡っては安全性への懸念から議論が紛糾している。特に議会では、自動運転車の運用ルールを定める法律の制定に向けた攻防が激化しており、二つの法案が真っ向から対立している。

議会に提出された二つの法案

現在、自動運転車の安全基準を巡っては、二つの法案が議会で審議されている。一つは「SELF DRIVE Act」で、自動車メーカーが自社のシステムが安全基準を満たしているかを自己認証することを義務付ける内容だ。具体的には、メーカーが「安全性を証明する根拠」を示し、合理的な事故リスクがないことを立証することが求められる。また、現在の上限2,500台から最大9万台までの自動運転車の公道走行を認める規定も盛り込まれている。

同法案は2月に下院小委員会で12対11の賛成多数で可決されたものの、今後の本会議での審議日程は未定となっている。

これに対し、上院では「Stay in Your Lane Act」が民主党議員エド・マーキー(マサチューセッツ州)とリチャード・ブルーメンソール(コネチカット州)によって提案されている。この法案は、メーカーに対し、自動運転システムが安全に稼働できる「運用設計領域(ODD)」を明確に定義させ、その条件外での運行を禁止する内容となっている。

「バプティストと密輸業者」現象とは

こうした法案の背景には、規制を巡る利害関係者の複雑な思惑が存在する。経済学者ブルース・ヤンドルが提唱した「バプティストと密輸業者」理論が、この構図を象徴的に表している。

「バプティスト」とは、高潔な動機を掲げて規制を推進するグループを指す。一方で「密輸業者」は、規制によって自らの利益を得ようとする勢力だ。例えば、禁酒法時代には、道徳的信念から禁酒を唱えるバプティストと、密輸ビジネスで利益を得ようとするギャングが奇妙な同盟を組んだ。

自動運転車の規制を巡る議論でも、同様の構図が見られる。両法案とも安全性を前面に打ち出しているが、実際にはそれぞれ異なる利害関係者が関与している。

SELF DRIVE Actを支持する勢力

SELF DRIVE Actの支持者には、自動運転車の早期普及が多くの命を救うという主張を展開するグループが含まれる。例えば、テクノロジー企業や自動車メーカーは、より多くの自動運転車を迅速に導入することで、交通事故死の削減につながると訴えている。一方で、この法案を支持する議員らは、規制の柔軟性を高めることでイノベーションを促進し、米国の産業競争力を強化できると主張している。

しかし、こうした主張の裏には、自動運転車の普及によって市場シェアを拡大しようとする企業の思惑が透けて見える。

Stay in Your Lane Actを支持する勢力

対照的に、Stay in Your Lane Actを支持するグループは、自動運転車の安全性を最優先に考えるべきだと主張する。彼らは、自動運転システムが稼働できる条件を厳密に定義し、その範囲外での運行を禁止することで、事故のリスクを最小限に抑えることができると考えている。この法案を支持する議員らは、特に高齢者や障害者など、安全性への配慮が必要な層にとって、自動運転車が安心して利用できる環境を整えることが重要だと訴えている。

その一方で、この法案を支持する勢力には、自動車産業の既存の労働組合や地方自治体の政治家も含まれており、彼らは自動運転車の導入が雇用や地域経済に与える影響を懸念している。

安全データを無視する議論の矛盾

興味深いことに、両法案とも安全性を強調しているにもかかわらず、実際の安全データに基づいた議論はほとんど行われていない。例えば、自動運転車が既存の交通システムと比較してどれだけ安全なのか、あるいは特定の条件下でどのようなリスクが存在するのかといった点について、具体的なエビデンスに基づく議論が不足している。

専門家によると、自動運転車の安全性を巡る議論は、いまだに不確実性が高い状態にある。そのため、規制当局は慎重なアプローチを取る必要があると指摘されている。しかし、議会では安全性よりも、利害関係者の思惑が優先されているのが現状だ。

今後の展望と課題

今後、議会では両法案の行方が注目される。SELF DRIVE Actはイノベーションを重視する立場から、Stay in Your Lane Actは安全性を重視する立場から、それぞれの主張を展開していくことになるだろう。しかし、いずれの法案も、実際の安全性データに基づいた議論が不足しているという点で、根本的な課題を抱えている。

自動運転車の普及は、交通事故死の削減という大きな可能性を秘めている一方で、その実現には規制当局、企業、そして社会全体が協力し、安全性とイノベーションのバランスを取ることが求められる。議会の今後の動向が、米国における自動運転車の未来を左右することになるだろう。

出典: Reason