2025年4月28日、ニューヨークのラガーディア空港からスピリット航空に搭乗した。数日後、同社が運航停止を発表したと聞いた時、まるで「サイゴン陥落の最後のヘリコプター」に乗り合わせたような気分になった。実際、スピリット航空に搭乗するたびに、そんな感覚を抱いていたのかもしれない。
極端に小さな荷物スペース、隙間なく詰め込まれた座席、常に漂う「いつ混乱が爆発してもおかしくない」緊張感。多くの人がスピリット航空に対して抱く「好きでもあり嫌いでもある」感情は、おそらく誰もが共有するものだろう。しかし筆者は、その気持ちを当時のCEO、ベン・バルダンザ氏に直接伝えた経験がある。
2015年、筆者は雑誌『ザ・ニュー・リパブリック』に「世界で最も悪い航空会社を研究するビジネススクール教授」と題したエッセイを発表した。記事が公開されてわずか1時間後、バルダンザ氏からメールが届き、ディベートの申し込みがあった。数週間後、シカゴ大学ブース・ビジネススクールのダウンタウン・キャンパスで行われた公開ディベートには、バルダンザ氏の経営陣も参加し、同社のビジネスモデルの倫理的是非が議論された。
当時、バルダンザ氏はスピリット航空のCEO就任から10年近くが経過しており、同社を「低価格航空(サウスウエストやジェットブルーのような)」から「超低価格航空」へと変貌させた立役者だった。その違いは、「相対的な不自由さ」にあった。
2015年当時、ジェットブルーの機内が Learjet(ビジネスジェット機)と混同されることはなかったが、少なくとも座席の選択、手荷物の持ち込み、機内食が無料で提供される点では共通していた。しかしスピリット航空には、そのいずれもが当てはまらなかった。「裸の運賃(bare fare)」と称された同社のモデルは、アメリカの航空業界に「アラカルト方式」を導入した先駆けだった。
スピリット航空のチケットを購入しても、座席指定、機内食、手荷物預け(ましてや機内持ち込み)は一切含まれていなかった。これらはすべて「オプション」であり、利用するには別途料金を支払わなければならなかった。バルダンザ氏はこれを「顧客のコスト削減」と位置づけていたが、その実態はむしろ「航空旅行の定義そのものを変える」試みだった。
「当社の違いは、お客様の出費を抑えることです」とバルダンザ氏はディベートで主張したが、これは顧客にとっては「航空旅行とは本来こうあるべきだ」という既成概念を覆す試みでもあった。子供連れで狭い座席に押し込まれ、荷物は最小限に制限され、機内食は有料。果たしてこれは「航空旅行」と呼べるのか?レストランでウェイターが「ナイフとフォークを買ってください」と言ってきたら、誰もが「フリッタタはどこかに置いておけ」と言いたくなるだろう。スピリット航空のモデルは、まさにそんな感覚を顧客に与えていたのだ。
当時の筆者には、スピリット航空が「顧客に何を売っているのか」が明確に見えていた。それは「航空機に乗ること」ではなく、「航空機に乗るための最低限のサービス」を提供することだった。しかし、その「最低限」が顧客にとっては「過酷な選択肢」でしかなかったのも事実だ。
スピリット航空の運航停止は、同社の「超低価格」モデルが限界に達したことを示している。顧客は「安さ」だけを求めているわけではない。そこには「快適さ」「利便性」「倫理的な配慮」も求められているのだ。