公衆衛生機関の信頼崩壊:COVID-19が露呈させた構造的問題
米国の公衆衛生機関は、COVID-19パンデミックを通じて、官僚主義的な非効率性、「高貴な嘘」、強権的な政策によって国民の信頼を完全に失った。米国立衛生研究所(NIH)や疾病対策センター(CDC)などの主要機関は、数十年にわたり機能不全に陥っていたが、その中でも特に問題が深刻だったのが米食品医薬品局(FDA)だ。
FDAはパンデミック以前から、医薬品承認プロセスの遅れによって、米国民の寿命を数十万年も奪ってきた歴史がある。パンデミック後、国民はようやくその実態に気づき始めた。ドナルド・トランプ前大統領は、連邦保健機関の新たな指導部を任命したが、その中には既存体制の問題を暴露するためにキャリアを危険にさらした反骨派も含まれていた。その一方で、保健社会福祉省のトップには、科学的根拠に乏しいワクチン反対論を唱える人物が起用され、混乱が生じた。
規制機関の改革は不十分:抜本的な解体が必要
公衆衛生機関の改革は進んでいるが、その動きはまだ不十分だ。誰であれ、その信頼性や政治的立場に関係なく、個人が自分の体に何を摂取するかを決定する権利を持つべきではない。米国の医療規制システムを改善する唯一の方法は、それを解体することだ。
新しい体制が古い体制に取って代わった今、COVID-19を機とした「清算」が始まっている。しかし、その改革はまだ十分ではない。
FDAの権力拡大:その始まりは1962年の法律に
公衆衛生国家の過剰な権力拡大は、ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏やアンソニー・ファウチ博士から始まったわけではない。その起源は1962年に制定された法律にさかのぼる。
かつてFDAは、これほど多くの官僚主義的な障害を設けていなかった。設立当初は、安全性の確認のみが役割だった。製薬会社が安全性に関する証拠を提出し、FDAが60日以内に異議を唱えなければ、その医薬品は市場に流通し、処方箋なしで購入できる状態だった。当時は、医薬品の処方箋の要否を決定する権限は製薬会社にあった。この自主的な仕組みは、医師や患者との合意に基づいて機能していたと、外科医でカトー研究所健康政策研究部門シニアフェローのジェフリー・シンガー氏は指摘する。
「製薬会社が自社の医薬品にリスクがあると判断し、問題が発生した場合に訴訟リスクが高いと考えた場合、薬剤師に対し、処方箋がなければ販売しないよう要請していた。これは、情報に基づく同意と自主的な取引に基づくシステムだった」
規制強化の始まり:1951年のデュラム・ハンフリー修正法
連邦政府による医薬品規制の拡大は、1951年に制定されたデュラム・ハンフリー修正法に端を発する。この法律により、処方箋なしで購入できる医薬品が制限され、FDAにその執行権が与えられた。その後、1962年にはさらに規制が強化された。
当時、欧州で妊婦の吐き気を緩和するために販売されていたサリドマイドという鎮静剤が、重篤な胎児奇形を引き起こすことが判明した。多くの胎児が子宮内で死亡するか、出生直後に命を落とした。この事件をきっかけに、米国でも医薬品の安全性に対する規制が一層強化されることとなった。