現在のゲームに関するインターネット上の議論は、かつてのような活気を失っている。確かに当時も完璧な状態ではなかったが、新作ゲームについて語り合うことや、発売直後の反応を楽しみにしていた時代が確かにあった。しかし、その記憶は幻想だったのだろうか。それとも、インターネットは常にこのような鬱陶しい状態だったのだろうか。

2001年11月、当時の私はテレビで報じられる政治的・軍事的緊張から一時的に逃れるため、発売されたばかりの「メタルギアソリッド2(MGS2)」をプレイしていた。最高の時間を過ごしたが、インターネットでファンの反応を見た時、驚きを隠せなかった。多くのプレイヤーが、私と同じ意見を持っていなかったのだ。

技術的な革新にもかかわらず、MGS2は物語の面で多くのリスクを取った。発売から25年目を迎える今、当時の最大の話題作に対する反発がどれほど厳しいものだったのか、改めて振り返ってみたい。

当時のファンの反応は意外と穏やかだった

TwitterユーザーのJosé Mellinas氏が、2000年代初頭のゲームファンの間でリムプ・ビズキットやヌー・メタルが絶大な支持を集めていた時代の、最も過激な反応をまとめてくれた。驚くことに、その内容は意外と冷静なものだった。参考:José Mellinas氏のツイート

MGS2に対する最大の批判は、プロモーションでSolid Snakeが主役とされていたにもかかわらず、ゲームの大半でプレイヤーが操作するのはSolid Snakeではなかった点だ。当時のファンは失望を表明したが、その最も過激な表現は「レイデンはダサい」や「女々しい」といったものに留まっていた。現代であれば、これは「ゲーマー国家への裏切り」とまで非難されるレベルだろう。

「 woke 」という言葉が生まれる前の時代

現代では、例えば「サロス」がAIを活用したヘイトキャンペーンの標的になる理由は「 woke 」だとされている。具体的には、イギリス出身のインド系俳優が主人公を演じたことが問題視されている。しかし、MGS2は当時「 woke 」ではなかった。むしろ、白人男性主人公が活躍する世界観で、アメリカの軍国主義やアニメ的な要素が強調されていたため、右翼的な主張をする人々も、その中に込められた反資本主義的なメッセージに気づかなかったのだ。関連動画:MGS2の反資本主義的メッセージ

MGS2が批判された理由は、25年を経て理解できるようになった。当時の批評家の多くは、後にその良さに気づいたはずだ。その背景には、議論を通じた理解の深まりがあった。しかし、現代の若いゲーマーにとって、この話は理解しがたいものかもしれない。その理由は、Kojimaの独創性だけでなく、ゲームについて議論する方法そのものが失われつつあるからだ。

ゲーム業界の未来を予言した作品

さらに皮肉なことに、この状況を25年も前に予言していたゲームが存在する。その作品とは一体何だろうか?関連動画:予言的なゲームとは

25年前のゲームが、現代のインターネットカルチャーの問題を先取りしていたとは、皮肉な話だ。今こそ、当時のような活発な議論を取り戻す時ではないだろうか。