ハリケーン・ヘレネがもたらした「戦争のような」状況

2024年9月、ハリケーン・ヘレネがノースカロライナ州西部の山岳地帯を襲った。当時、デヴォン(41歳)は自宅の窓を叩く風の音に耳を澄ませながら、家中を走り回っていた。急斜面に建つ彼の家は、窓ガラスを揺らし、木々を次々と折り倒した。松の木20本が倒れ、そのうち5本が玄関と家の一角を破壊した。裏庭の小川は氾濫し、流されたものは全て押し流された。家の中では、妻と5歳になる娘がクローゼットに隠れ、揺れる家の中で泣き叫んでいた。デヴォンは風の音越しに叫びながら、次に何が倒れるのかを必死に予測していた。「まるで戦争のような状況だった」と彼は振り返る。

デヴォンはイラク戦争の退役軍人で、2019年にフロリダから移住してきた。名前の公表を控えたい彼は、12ステッププログラムの匿名性の原則に従っている。2006年に中東から帰還した彼は、PTSDと外傷性脳損傷を負い、薬物で感情を麻痺させる生活を送っていた。当初は処方薬、次にヘロイン、そしてヘロインとコカインの混合物へと依存はエスカレートした。「体は完全に依存していた。禁断症状は耐え難く、薬なしの生活など想像もできなかった」と彼は語る。

回復への道のりが断ち切られた瞬間

アッシュビルに移り住んでから、デヴォンは徐々に回復への道を歩み始めた。ナルコティクス・アノニマス(NA)に参加し、定期的なミーティングに通い、セラピーでトラウマに向き合うようになった。2020年には娘が生まれ、家族と共に森の中の家で安定した生活を取り戻しつつあった。しかし、ハリケーン・ヘレネが全てを一変させた。

災害は、回復途上の人々がソブリティを維持するために頼っていた支援システムを粉々にした。12ステップミーティングの中断、治療プログラムの停止、交通手段の途絶、そして何よりも大切なソーシャルサポートネットワークの崩壊。この支えが失われると、再発や過剰摂取のリスクが急激に高まる

災害がもたらす長期的な影響:過剰摂取死の増加

ペンシルバニア州立大学の社会学者クリスティーナ・ブラントは、洪水がコミュニティに与える長期的な影響を研究してきた。その結果、洪水後10年にわたり過剰摂取死が増加することが明らかになった。「悲しみやトラウマは何年も残り、回復を頓挫させる大きな引き金となる」と彼女は指摘する。

特にアパラチア地域では、この脅威が深刻だ。ニューヨークからミシシッピまで13州にまたがる山岳地帯である同地域は、長年にわたる薬物危機に見舞われてきた。全国的な傾向と同様に、アパラチア地域の過剰摂取死率は若干減少したものの、依然として高い水準にある。

災害が回復の道を奪うメカニズム

災害が回復途上の人々に与える影響は多岐にわたる。主な要因は以下の通りだ。

  • 治療プログラムの中断:病院やリハビリ施設が被災し、治療を受けられなくなる。
  • 交通手段の途絶:ミーティングや医療機関へのアクセスが困難になる。
  • 支援ネットワークの崩壊:家族や友人、支援グループとの連絡が取れなくなる。
  • トラウマの再燃:災害体験が過去のトラウマを呼び覚まし、回復を妨げる。

デヴォンのケースも例外ではない。ハリケーンの直後に、彼のNAミーティングは中止され、セラピーも一時的にストップした。「あの時、再び薬物に手を伸ばしたくなった。ストレスと不安が限界を超えていた」と彼は打ち明ける。幸いなことに、家族の支えとオンラインミーティングの再開により、彼は再発を免れた。

災害に強い回復支援システムを目指して

専門家らは、災害に備えた回復支援システムの構築を提言している。具体的な対策としては、以下が挙げられる。

  • 災害時の緊急ミーティング体制:オンラインや避難所でのミーティング開催。
  • 移動式治療ユニットの配備:被災地に医療チームを派遣し、治療を継続。
  • コミュニティのレジリエンス強化:災害前から回復者同士のネットワークを構築しておく。
  • 災害時の支援ハブの設置:避難所や救護所に回復支援の窓口を設ける。

「災害は誰にでも起こり得る。だからこそ、回復途上の人々にとって、災害時の支援体制は命を左右する」とブラントは強調する。デヴォンもまた、災害後の支援体制の重要性を実感している一人だ。「あの時、家族と支え合えたからこそ、踏みとどまれた。次に災害が来た時のために、もっと強固なシステムが必要だ」と語っている。

「災害は単なる自然現象ではない。回復途上の人々にとって、それは再発と過剰摂取のリスクを高める、人災にもなり得るのだ」

— ペンシルバニア州立大学 社会学者 クリスティーナ・ブラント

出典: Grist