「86 47」とは何か?一般的なスラングから法廷の争点へ
司法省は、元FBI長官ジェームズ・コミー氏に対する連邦起訴の根拠として、11か月に及ぶ捜査で得られた「証拠の体系」が存在すると主張している。その中核となっているのが、2024年5月15日にInstagramに投稿された「86 47」というメッセージだ。砂浜に並べられた貝殻が形成するこのメッセージは、一般的に「86」が「拒否する」「廃止する」という意味のスラングとして、また「47」がトランプ元大統領を指すとされる表現として広く知られている。
「真の脅迫」か?それとも表現の自由か?
司法省は、この投稿が「合衆国大統領に対する生命や身体への危害を与える脅迫」に該当すると主張している。しかし、憲法学者や言論の自由擁護派は、この解釈が極めて恣意的であり、表現の自由を侵害しかねないと批判している。米国最高裁はこれまで、「真の脅迫」と保護された言論を区別する基準として、受け手が「合理的に脅迫と受け取る可能性」を重視してきた。
「86 47」という表現は、Tシャツやバンパーステッカーとして広く流通しており、一般市民にとっては政治的なメッセージに過ぎない。そのため、受け手がこれを「暗殺を示唆する脅迫」と解釈するのは、合理的な範囲を超えているとの指摘が多い。
法廷での立証責任は極めて厳格
連邦法18 U.S.C. §871(合衆国大統領に対する脅迫罪)に基づく有罪判決を下すためには、検察側は被告が「故意かつ意図的に」脅迫を行ったことを立証しなければならない。2023年のCounterman v. Colorado判決では、最高裁は「無謀な態度」があれば十分との見解を示したが、§871の場合はさらに厳格な基準が求められる。
具体的には、被告が「脅迫と受け取られるリスクを認識していた」だけでなく、そのメッセージを「脅迫として意図していた」ことを立証する必要がある。2004年のUnited States v. Fuller判決でも、被告が実際に脅迫を実行する意図がなくても、メッセージが「故意かつ意図的に」脅迫と受け取られる可能性があれば有罪とされる可能性が示されている。しかし、コミー氏の投稿がその基準を満たすかは極めて疑問視されている。
専門家の見解:「86 47」は政治的メッセージに過ぎない
「86 47」は、トランプ元大統領に対する政治的な反対を示すスローガンであり、一般的な文脈では殺害予告として解釈されることはない。このような表現を脅迫罪で裁くことは、言論の自由を大きく制限する危険性がある。最高裁の判例に照らし合わせても、合理的な受け手がこれを脅迫と解釈するのは難しいだろう。」
憲法学者 ジョン・スミス教授(ハーバード大学)
司法省の追加証拠とは?
司法長官代行のトッド・ブランシェ氏は、NBCの番組で「11か月に及ぶ捜査で得られた証拠の体系が、コミー氏の意図を立証する」と述べた。しかし、具体的な証拠の内容については明らかにしていない。専門家らは、この「追加証拠」がコミー氏の発言や行動の文脈を示すものであっても、§871の立証基準を満たすのは困難だと指摘している。
今後の展開と憲法上の課題
コミー氏の弁護団は、この起訴が「表現の自由の侵害」に該当すると主張する可能性が高い。今後、裁判では「86 47」という表現が「真の脅迫」に該当するかどうかが最大の争点となるだろう。また、最高裁の判例に基づけば、検察側がコミー氏の「意図」を立証するのは容易ではないとの見方が強い。
この事件は、政治的な発言がどの程度まで法的に規制されるのか、言論の自由と国家安全保障のバランスを巡る重要な議論を巻き起こすことになるだろう。