米国の気候政策を巡る議論が続いている。2022年に成立した「インフレ削減法(IRA)」は、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)への大規模な税控除を導入し、米国初の包括的な気候法と称された。しかし、2024年に成立した「One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)」により、IRAの一部が廃止された。特に、太陽光・風力発電の税控除やEV購入支援は、当初2030年代まで維持される予定だったが、突然打ち切りとなった。
その一方で、大規模蓄電池や原子力、地熱発電への支援は維持され、自動車メーカーのEVバッテリー生産支援も継続されている。では、これらの法改正が米国のエネルギーシステムと炭素排出にどのような影響を与えるのか。その答えを探る新たな研究が発表された。
最新研究が示すIRAとOBBBAの影響
米国時間5月6日、科学誌「Nature Reviews Clean Technology」に掲載された研究論文は、IRAとOBBBAが米国のエネルギー構成と二酸化炭素排出量に与える影響を包括的に分析した。研究チームは、IRAの税控除が完全廃止される前に工事を開始したプロジェクトに限り、旧IRAの恩恵を受けられるという経過措置を考慮に入れ、シミュレーションを行った。
研究の共著者であるジョン・ビストライン氏(気候テックスタートアップ「Watershed」科学責任者、元EPRIエネルギーシステム分析グループリーダー)とリナ・ツイ氏(メリーランド大学公共政策大学院准教授、同大学グローバル持続可能性センター研究ディレクター)は、この研究で以下の点を明らかにした。
1. 排出削減の見通しは依然として明るい
研究によると、IRAとOBBBAの組み合わせにより、米国の温室効果ガス排出量は2030年までに2005年比で約32~43%削減される見込みだ。これは、IRA単独の場合と比較して、排出削減幅が若干小さくなるものの、依然として大幅な削減が期待できるという。
2. 再生可能エネルギーの導入は加速する
太陽光発電と風力発電の導入は、IRAの税控除が廃止された後も、米国全体の発電量に占める割合が増加し続けると予測される。特に、風力発電は2030年までに全発電量の20%を超える見込みだ。一方、太陽光発電は15%前後に留まるが、コスト競争力の向上により、引き続き成長が見込まれる。
3. 化石燃料依存は緩やかに低下
天然ガスと石炭の発電量は、2030年までに徐々に減少する見通しだ。特に石炭は、再生可能エネルギーの普及とともに、2030年までに全発電量の10%以下にまでシェアを縮小すると予測される。天然ガスは、バックアップ電源として一定の需要が残るものの、全体的なシェアは低下する。
4. 産業部門の変化
自動車産業では、EVの普及が加速する。研究によると、2030年までに米国で販売される新車の約60%がEVになると予測される。これは、IRAの税控除廃止後も、EVのコスト競争力が向上し、消費者の選択肢が広がるためだ。また、蓄電池や水素技術への投資も活発化し、産業部門の脱炭素化が進むと見られる。
専門家が指摘する課題と今後の展望
ビストライン氏とツイ氏は、今回の研究で明らかになった課題についても言及した。まず、IRAの税控除廃止により、再生可能エネルギーの導入が一時的に停滞する可能性があるという。特に、太陽光発電プロジェクトの多くは、2025年以降に建設が本格化するため、税控除の廃止が与える影響は大きいと指摘する。
「IRAとOBBBAの組み合わせは、米国のエネルギー転換を後押しする一方で、政策の不確実性が投資家や事業者に与える影響は無視できません。特に、再生可能エネルギーの導入ペースが鈍化するリスクがあります」
(ジョン・ビストライン氏)
また、ツイ氏は、産業部門の脱炭素化に向けた取り組みが重要だと強調する。特に、鉄鋼やセメントなどの重工業では、炭素集約型のプロセスからの脱却が急務であり、政府や民間企業の連携が不可欠だと述べた。
「産業部門の脱炭素化は、再生可能エネルギーの普及と並んで、米国の気候目標達成に向けた鍵となります。今後、政策の安定性と長期的なビジョンが求められます」
(リナ・ツイ氏)
政策の不確実性が与える影響
今回の研究は、IRAとOBBBAが米国のエネルギーシステムと気候目標に与える影響を包括的に分析した貴重な事例だ。しかし、政策の不確実性が投資家や事業者に与える影響は計り知れない。特に、再生可能エネルギーの導入ペースが鈍化するリスクがあることから、今後も政策の動向に注目が集まる。
研究チームは、今後さらなるデータ収集と分析を進め、政策の実効性を高めるための提言を行うとしている。米国の気候政策が今後どのように展開されるのか、その行方が注目される。