コロラド州が先駆け、家賃の一部を現金還元

コロラド州デンバー近郊に住むニキンブレ・ダニエルズさん(40)は、10年以上にわたり自然と共に暮らす生活を選択してきた。ノースカロライナ州のブルーリッジ山脈の草原に建つユルト、全米各地を転々としたキャンピングカー、そしてテント暮らし──。そんなライフスタイルを送っていた彼女は、40代を迎え、再び賃貸生活に戻ることはないだろうと考えていた。

「米国で家賃がこれほど高騰し、賃貸か住宅ローンかを問わず、誰もが経済的に厳しい状況にあると聞いていました。正直、再び賃貸生活に戻るなんて想像もしていませんでした」とダニエルズさんは語る。「自然の中で自分の力で生活を築いてきたからこそ、その生活に満足していたんです」

しかし、コロラド州エステスパークでネイティブプラントの講師として働くようになり、同州の新しい取り組み「Renter Rewards Program(家賃還元プログラム)」を知った。同プログラムは、公共住宅の一角にある彼女の住居「Fall River Village」で導入されており、毎月家賃の一部が現金で還元される仕組みだ。さらに、12か月間そのお金を専用口座に預けておけば、州政府が同額を上乗せして貯蓄をサポートするという。

賃貸と所有者の資産格差、米国の深刻な課題

米国における賃貸生活者と住宅所有者の資産格差は、かつてないほど拡大している。2024年のアスペン研究所の報告によると、平均的な賃貸生活者の純資産はわずか1万400ドルに対し、住宅所有者は40万ドルと、その差は顕著だ。さらに、賃貸生活者の半数近くは家賃の支払いに苦しんでおり、住宅購入のための貯蓄どころか、老後の備えすらままならない状況にある。

「家賃は多くの人にとって、経済的不安定の最大の要因です」と語るのは、経済安全保障と経済的移動性を研究する非営利団体「Lafayette Square Institute」の副所長、ケイティ・ディール氏だ。「家賃の支払いに追われ、将来への投資どころか、家族の未来すら描けない人々がいます。そんな不安定な状況を、逆に資産形成の機会に変える──。それがこのプログラムの根本的な意義です」

家賃を通じた資産形成、新たなアプローチ

米国では近年、賃貸生活者が既に支払っている家賃を通じて現金還元や資産形成を可能にする取り組みが注目を集めている。これまでの政策では、住宅所有を促進することが主流だったが、経済的なハードルが高い現状を踏まえ、賃貸生活者向けの支援策が模索され始めた。

コロラド州の「Renter Rewards Program」は、州政府が主導する全国初の取り組みだ。同プログラムは2022年の住民投票で承認され、2024年2月に本格的にスタートした。参加する賃貸住宅では、家賃の一部が現金で還元され、一定期間預け入れることで州がマッチングする仕組みとなっている。

ダニエルズさんのように、自然と共に暮らすライフスタイルを選択した人々にとっても、経済的な安定は重要な課題だ。同プログラムにより、彼女は家賃の負担を軽減しつつ、将来に向けた貯蓄を始めることができるようになった。

「投資家の利益」か「真の支援」か、議論も

一方で、こうしたプログラムが「既存の不平等な住宅システムを悪用するものではないか」との懸念の声も上がっている。賃貸住宅の所有者や投資家にとっては、家賃還元が新たな収益源となる可能性も否定できないからだ。

「このプログラムが本当に賃貸生活者の経済的自立につながるのか、それともシステムの一部として機能するだけなのか──。その効果を慎重に見極める必要があります」と専門家は指摘する。しかし、多くの賃貸生活者にとっては、家賃という毎月の支出が、将来への希望に変わる可能性を秘めていることも事実だ。

「家賃の支払いは、多くの人にとって単なる負担ではなく、資産形成の機会に変えることができる。それがこのプログラムの最大の意義です」
—— ケイティ・ディール氏(Lafayette Square Institute副所長)

今後の展望:他州への波及と課題

コロラド州の取り組みはまだ始まったばかりだが、他州でも同様のプログラム導入に向けた動きが出始めている。カリフォルニア州やニューヨーク州など、住宅費の高騰が深刻な地域では、賃貸生活者の経済的負担を軽減するための新たな政策が模索されている。

しかし、プログラムの持続可能性や、参加する賃貸住宅の条件、還元額の設定など、課題は山積みだ。特に、家賃の高騰が続く中で、いかにして公平な還元システムを構築するかが鍵となるだろう。

「この取り組みが成功すれば、米国全体の住宅政策に大きな影響を与える可能性があります。賃貸生活者の経済的安定が、社会全体の安定につながるからです」とディール氏は語る。

まとめ:家賃という負担を、資産形成のチャンスに

米国では、住宅所有が経済的安定の象徴とされてきたが、現実には多くの人々が賃貸生活を余儀なくされている。そんな中、家賃の一部を現金還元し、長期的な貯蓄や投資につなげるプログラムが注目を集めている。

コロラド州の「Renter Rewards Program」は、その先駆的な取り組みの一つだ。賃貸生活者の経済的負担を軽減し、将来への希望を与える可能性を秘めている一方で、システムの持続可能性や公平性の確保が今後の課題となるだろう。しかし、この動きが広がれば、米国の住宅政策や経済格差の是正に新たな光を当てることになるかもしれない。