米国の小売業界に変化の兆しが見られる。ある日、玄関先に「Topo Chico(テキーラブランド)」のケースや「Graza(オリーブオイル)」、ラロッシュポゼの洗顔フォームが届いた。4歳の子どもが「Uncrustables(冷凍サンドイッチ)」しか食べないと言い出した翌日には、その商品が自宅に到着していた。価格はAmazonより安く、配送手数料もかからず、しかも即日配送。驚くことに、筆者の夫は一度も店舗に足を踏み入れることなく、ウォルマートのオンラインショッピングにハマっていたのだ。
この現象は筆者だけではない。米国最大の小売業者であるウォルマートが、デジタル戦略の転換により、Amazon Primeの顧客層を奪い始めているのだ。かつては地方や労働者層を主な顧客としてきたウォルマートだが、今や都市部の裕福な消費者をターゲットに、Amazonに対抗するデジタル・ビヘモスへと変貌を遂げている。
ウォルマートの急成長の背景
ウォルマートの米国におけるEコマース売上高は、総売上高の約18%を占め、昨年の年間売上高は1,000億ドルを超える。さらに、Eコマース売上高は全体の成長率の4倍近いペースで拡大しており、直近四半期には20%増を記録。これは11四半期連続の二桁成長だ。また、5年前に開始した「Walmart+」は、Amazon Primeと直接競合するサブスクリプション型サービスで、Peacock(NBCユニバーサルの動画配信サービス)が無料で利用できるなどの特典を提供。年会費は98ドルで、Amazon Primeの139ドルよりも安価だ。
ウォルマートがAmazonの覇権を脅かすほどの存在になることはないだろう。2025年の米国Eコマース市場でAmazonが4,400億ドルの売上を見込む中、その圧倒的な優位性は揺るぎない。しかし、ウォルマートはAmazonが最も弱い分野、すなわち食料品配達や店舗からのラストワンマイル配送、デジタルとリアルの融合といった領域で、Amazonを追撃している。そのスピードと戦略は、Amazonにとって脅威となりつつある。
裕福な顧客層を取り込むウォルマートの戦略
1962年の創業以来、ウォルマートは低価格を武器に、予算重視の顧客層をターゲットとしてきた。しかし、ここ数年で新たな顧客層がウォルマートに流れ込んでいる。世帯年収が6桁を超える裕福な消費者層だ。彼らはオンラインでショッピングを楽しみ、マディソンリードの高級ヘアカラーやファーマーズドッグのプレミアムペットフードなどを購入している。
グローバルデータ・リテールのマネージング・ディレクター、ニール・ソーンダース氏はこう指摘する。「2022年のインフレ急騰をきっかけに、中流・高所得層の消費者がウォルマートに流れ始めました。彼らは、他の場所で購入していた商品を少しでも安く手に入れられることに気づいたのです。当初は一時的な動きだと考えられていましたが、その顧客は戻っていません。」
実際、ウォルマートの顧客層は多様化しつつある。同社のデータによると、Walmart+の会員のうち、世帯年収10万ドル以上の顧客は2021年から2023年にかけて20%増加した。また、高級ブランドの商品や有機食品の売上も急増している。例えば、オーガニック食品の売上は過去3年で30%増加し、高級ペットフードの売上は40%増加した。
Amazonの弱点を突くウォルマートの戦術
ウォルマートがAmazonを脅かす最大の要因は、その配送網と価格競争力だ。ウォルマートは全米に約4,700店舗を展開しており、これらの店舗をミニ・フルフィルメントセンターとして活用することで、ラストワンマイル配送のスピードとコスト効率を向上させている。その結果、多くの商品でAmazonよりも早く、安く、配送手数料なしで商品を届けることが可能になった。
また、Walmart+の会員は、食料品の配達や店舗受け取り、燃料割引など、Amazon Primeと同等以上の特典を享受できる。さらに、ウォルマートはデジタルとリアルの融合にも力を入れており、オンラインで注文した商品を店舗で受け取る「店舗ピックアップ」や、店舗内のデジタル端末を活用したショッピング体験の向上など、顧客の利便性を追求している。
「ウォルマートは、Amazonが苦手とする分野で圧倒的な強みを発揮しています。特に食料品配達と店舗からのラストワンマイル配送は、Amazonにとって大きな課題です。ウォルマートの戦略は、Amazonの弱点を的確に突いており、今後も成長を続けるでしょう。」
— ニール・ソーンダース(グローバルデータ・リテール マネージング・ディレクター)
今後の展望と課題
ウォルマートの急成長は、米国の小売業界に新たな競争の時代をもたらしている。しかし、ウォルマートが直面する課題もある。まず、都市部での店舗展開が限られていることだ。ウォルマートは主に郊外や地方に店舗を構えており、都市部の顧客にとってはアクセスが不便な場合がある。そのため、都市部の顧客を獲得するためには、更なるデジタル戦略の強化が必要だ。
また、Walmart+の普及率も課題の一つだ。現在、Walmart+の会員数は約3,200万人と推定されているが、Amazon Primeの2億人以上と比較するとまだまだ差がある。ウォルマートは、会員数を増やすために、特典の拡充やプロモーションの強化を進めている。
それでも、ウォルマートの成長は止まらない。同社は今後、AIやデータ分析を活用したパーソナライズド・ショッピング体験の提供や、サステナビリティへの取り組み強化など、顧客のニーズに応えるための新たな戦略を展開していく予定だ。ウォルマートがAmazonの牙城を崩す日は、そう遠くないのかもしれない。