アメリカでタクシーといえば、今ではトヨタ・プリウスやフォード・クラウンビクトリアを思い浮かべる人が多いだろう。しかし1960年代初頭であれば、その答えは一色に塗られた「チェッカー」のタクシーだったに違いない。1951年に発売されたA11型は、黄色の車体と側面のチェッカーデザインのストライプで、交通渋滞の中でもひときわ目立つ存在だった。特にニューヨークをはじめとする大都市で、チェッカーのタクシーは街の象徴となった。
1962年から1977年にかけて、チェッカー社は当時の定番タクシーをベースに、セダンとワゴンの両方で「エアロバス」と呼ばれる延長型モデルを発売した。標準の120インチホイールベースを、34.5インチまたは69インチ延長することで、1列または2列分の座席を追加。シンプルなデザインのおかげで、延長部分も最初から計画されていたかのように自然に見えた。一般向けワゴンモデルでは後部に2席が追加されるが、エアロバスは空港シャトルとして設計され、最大12人まで乗車可能だった。最後尾の3列シート後方には、荷物を置くスペースが確保されていた。これは、野球チーム全員(中継ぎ投手とクローザーを含む)を収容できるほどの広さだ。
現在、ハガティ・マーケットプレイスで入札中の1974年式エアロバスは、ミシガン州カラマズーで製造された後、ウィスコンシン州ケノーシャに移送されている。ミシガン湖南端を回る約4時間のドライブで到着する距離だ。この車両は、最新のヘッドユニットを除けば、まるで映画やTVドラマの時代考証にピッタリのバックグラウンドカーのように見える。また、カーミーティングでも注目を集める存在となるだろう。
しかし、このユニークな車両を所有するには、いくつかの課題もある。チェッカー社は数十年も車両を生産しておらず、人気コレクション車ほどの修復用アフターマーケットが整っていない。また、これほど長い車体を駐車するスペースも必要だ。将来のオーナーには、広いガレージが不可欠だろう。加えて、パノラマモードで写真を撮る習慣も身につける必要がある。
その一方で、メリットも多い。チェッカー社は「計画的陳腐化」というマーケティング戦略を採らず、A11型をはじめとするモデルを数十年にわたり、デザイン変更を最小限に抑えながら生産し続けた。そのため、ボディパネルは年式を超えて互換性があり、多くのステアリング部品やドライブトレインはGMの部品を流用していた。これにより、メンテナンスが容易だったというわけだ。
このエアロバスは2019年に塗装と内装の修復を受けている。2台分の車体に相当するボディパネルを研磨、下地処理、塗装する作業は、並大抵のものではなかったはずだ。シート張り替えも同様の手間がかかっただろう。その一方で、ドライブトレインのメンテナンスは驚くほど簡単だったという。