プジョーは1991年モデルイヤーを最後に、数十年にわたり米国で一定の地位を築いてきた輸入車ブランドとしての販売を終了した。1960年代初頭から1980年代中期にかけて、同社の米国販売を支えたのは「404」「504」「505」の3車種だった。このうち、404は最も入手困難なモデルの一つとされ、筆者は18年にわたり解体屋でその姿を探し続けてきた。

このたび、カリフォルニア州サンフランシスコ湾岸エリアの解体屋で、1968年式プジョー404ベルリーヌ(セダン)の貴重な個体が発見された。同車は、プジョーが米国市場で販売していた3車種のうち、最後まで見つからなかった「404」を完結させる存在となった。

プジョーの米国市場からの撤退とその後

プジョーは1991年以降、米国市場から乗用車の販売を停止したが、完全に北米から手を引いたわけではない。現在もメキシコでは新車が販売されており、米国やカナダではキッチンウェア(コーヒーミルなど)が展開されている。プジョーのルーツは1840年にさかのぼり、ジャン・ピエールとジャン・フレデリックのプジョー兄弟が最初のコーヒーミルを販売したことから始まった。

404の歴史と米国市場での位置づけ

プジョー404は、1960年にフランスのソショー工場で生産が開始された。403の後継モデルとして設計され、信頼性と快適性で高い評価を得た。米国市場では1961年モデルとしてデビューし、1970年モデルイヤーまで販売された。主にセダン、ワゴン、コンバーチブルがラインナップされ、米国ではセダンとワゴンが一般販売された(コンバーチブルは特注品が少数販売された)。

404は欧州、アフリカ、南米、オーストラリアでも生産され、欧州市場では1975年まで販売された。特にケニアでは1990年代初頭まで404ピックアップが生産され、サファリラリーで1963年、1966年、1967年、1968年と4度の優勝を飾るなど、現地で高い人気を博した。

解体屋での偶然の発見

筆者は2008年にオークランドの解体屋「ピック・アンド・プル」で1968年式404セダン(オートマチック)を1台見つけたのを皮切りに、20年にわたり404の探索を続けてきた。しかし、その後の解体屋巡りではなかなか見つからず、「404 NOT FOUND」の日々が続いたという。ところが、カリフォルニアへの解体屋巡りの旅の最中、偶然にも1971年式フォルクスワーゲン・タイプ3ファストバックの背後に、尾灯が特徴的な欧州車の古いセダンが置かれているのを見つけた。それが、待ち望んだ404だったのだ。

こうして、18年に及ぶ探索の末、米国で最も売れたプジョー3車種(404、504、505)の解体屋個体を、わずか5ヶ月の間にすべて見つけることができた。プジョー404の歴史とその希少性を物語る貴重な発見となった。

出典: Hagerty