米国最高裁判所は10月、モンサント社(現バイエル)の除草剤「ラウンドアップ」に含まれるグリホサートと発がんリスクに関する表示義務を巡り、連邦政府と州の規制権限のバランスを問う歴史的な訴訟を審理した。この判決は、米国全土の農薬表示規制に影響を与え、食品業界全体の法的枠組みを再定義する可能性がある。
2019年、ジョン・ダーネル氏はモンサント社を提訴し、ラウンドアップの使用により非ホジキンリンパ腫を発症したと主張。2023年の陪審裁判では、モンサント社がグリホサートの発がんリスクについて警告を怠ったとして、125万ドルの損害賠償が認められた。しかし、米環境保護庁(EPA)は複数の研究結果を踏まえ、グリホサートと発がんリスクの関連性を認めていない。
モンサント社は上訴し、連邦法「FIFRA(殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法)」に基づき、EPAが警告表示を義務付けていない以上、州裁判所が独自の判断で警告表示を求めることはできないと主張。同社は「連邦法で認められた表示を州が否定することは、規制の一貫性を損なう」と指摘した。
最高裁の審理で浮かび上がった主要な論点
- 州の規制権限の拡大:最高裁のロバート・チェスニー長官は、新たな科学的知見が示された際に州が警告表示を義務付けられない状況について「州は何もしないのか」と懸念を表明。新たな証拠により製品の安全性に疑問が生じた場合、州が独自に規制できる仕組みの必要性を示唆した。
- 連邦規制との整合性:ケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事は、科学的知見の進展により製品の安全性に疑問が生じた場合、たとえ当初の表示が正確であっても「誤表示」と見なされる可能性を指摘。これにより、企業が連邦規制に従った表示を行ったにもかかわらず、州ごとに異なる判断が下される「規制のパッチワーク化」の懸念が示された。
- 企業の法的責任のジレンマ:ブレット・カバナフ判事は、EPAが警告表示を義務付けた場合に企業が法的責任を問われる「デュープロセス問題」のリスクを指摘。連邦機関の指示に従った企業が逆に訴追される可能性について、司法の矛盾を指摘した。
- 連邦一元管理の必要性:司法省の副法務官を務めるサラ・ハリス氏は、州ごとに独自の判断で警告表示を義務付けることは、規制の一貫性を損ない、企業の法的リスクを増大させると主張。同氏は「州が独自の結論に基づいて製品の安全性を判断することは、連邦規制の権限を侵害する」と述べた。
ダーネル側の主張と最高裁の反応
ダーネル氏の弁護団は、EPAが規制権限を過剰に行使していると主張。州裁判所が健康・環境安全の規制においてより強い役割を果たすべきだと訴えた。しかし、複数の判事からは「規制のパッチワーク化が進むのではないか」との懸念が示された。司法省も同様の懸念を示し、FIFRAが定める「規制の一貫性」の重要性を強調した。
同省の書面意見書では「州がEPAの判断に反して警告表示を義務付けることは、EPAが承認した表示を地方の健康・環境問題で埋没させる可能性がある」と指摘。連邦規制の優位性を主張した。
今後の見通しと業界への影響
判決は2024年後半に下される見通し。専門家らは、最高裁が連邦規制の優位性を認める判決を下せば、州ごとの訴訟が抑制され、農薬メーカーの法的リスクが軽減される可能性があると指摘。一方で、州の規制権限を認める判決が下された場合、食品業界は州ごとに異なる規制に対応せざるを得なくなり、業務負担が増大するリスクがある。
また、グリホサートを巡る訴訟は、農薬業界全体の規制動向を左右するだけでなく、遺伝子組み換え作物や農薬の安全性に関する国民の関心を高める契機となる可能性もある。今後の判決は、米国の農業政策と食品安全規制の将来を占う重要な分岐点となるだろう。